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『問いのデザイン』と『行動を変えるデザイン』を合わせて読む

『行動を変えるデザイン』翻訳チームの相島です。

『行動を変えるデザイン』を翻訳したあと、Twitterで書籍の反応を見ていると、どうも『問いのデザイン』という本と合わせて購入している方が多いということがわかりました。

同じく「デザイン」とタイトルについていますが、かたやプロダクトのデザインを対象にしたもの、方やワークショップのデザインを対象にしたもの。いったいどのような読まれ方をしているのだろう?わたし自身も気になって、両方あわせて読みました。そのなかで、なんだか似ているところをみていると「デザイン」ということの本質が垣間見れるような気づきがあり、違いを紐解くと両者を補い合うような特徴が見えてきました。

ここではその気付きを共有し、合わせて読む人たちの読書体験を一段深いものにできたら、と考えています。


異なる視点を持ち、同時に思いを通底する

マスカレードホテルという木村拓哉と長澤まさみが出演している三谷幸喜監督の映画があります。
利用客のことを信頼するホテルマンと相手のことを疑うことから始まる刑事の掛け合い織りなす物語ですが、両者に共通するのは相手に対する想像力です。 ホテルマンは、もてなすために利用客の思いに想像力を働かせ、刑事は被疑者の思考やふるまいに矛盾がないか想像力を働かせます。

『行動を変えるデザイン』と『問いのデザイン』も、ホテルマンと刑事のように、異なる視点を持ち、同時に思いを通底する著作です。
かたや、ユーザーが実現したい行動をつくり出すためのデザインについての著作であり、かたや、ワークショップのみならず創造的プロセスのための問いをいかに立てるかについての著作です。映画でのホテルマンと刑事が、お互いにない視点を補い合い、学びあうように、行動変容デザインと問いのデザインもまた、相互の視点の差異が相互を高め合うでしょう。

ざっと、双方をいくつかの視点で比較してみます。

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まず対象が異なります。『問いのデザイン』が「ワークショップとその参加者」の「創造性」を扱う以上、議論の対象は発話内容や思考フレームが中心になります。これは、『行動を変えるデザイン』では「熟慮の心理」として扱われる意識的な心理です。行動変容デザインでは、熟慮の心理だけでなく直感の心理を重要視します。このような焦点の当て方の差異を、補い合うもの、という視点で見ていきましょう。

しかし、不思議と、プロセス・視点に目を向ければ、どのようなワークショップにするのかという背景知識が求められる企画のプロセス、実際に作り込んでいく運営のプロセス、データを扱う評価のプロセスと、『行動を変えるデザイン』が扱う3つの分野が知識、開発、評価をしやすくするための分野であることと対応しています。またワークショップの手順も『行動を変えるデザイン』を進行するプロセスそのものと奇妙な対応関係にあります。これを、相通じるもの、という視点で見ていきましょう。

補い合うもの:熟慮と直感

・行動変容デザインが、ワークショップで直感的な問いかけをつくりだす
・問いのデザインが、行動変容のプロダクトで熟慮の態度変容をもたらす

行動変容デザインは、直感と熟慮の心理、双方に働きかけることが行動の実行に欠かせないことを指摘しています。ワークショップは、認識や関係性といった考えに働きかけ、アイディアなどの概念を生み出すため、ともすると意識的な心理が話題の中心となります。

行動を変えるプロダクトは、心のエネルギーを浪費しないよう、無意識をうまく活用しますが、ワークショップは全力で意識に訴えかけるので、終わるころには心的エネルギーを使い果たして、ぐったりです。ワークショップの非日常性はこうしたところにも起因しています。ふだんの我々はワークショップほどの気を配れないのです。

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問いは馴染みのない思考を促し、意識的な心理をフル回転させる(『行動を変えるデザイン』p.76より引用)

一方で、ワークショップ参加者同士が直感的に関係性を解きほぐすこと(例えば、『問い』P.180「アイスブレイク」)やワークショップ空間を設計すること(例えば、『問い』P.233「ソシオペタル配置」「ソシオフーガル配置」)は無意識がいかに問いかけにおいて大事なのかを示しています。

行動変容デザインの考え方を応用すれば、発話による問いかけだけでなく、入り口に置かれた花や壁にかけられた絵、対話後の振る舞いまでもが、認識と関係性の問い直しに有益なものとなるでしょう。

また、優れたワークショップは、アプリというプロダクトとして再現可能な行動変容プロダクトに結晶化することもできるかもしれません。ワークショップが、行動を変えるプロダクトのプロトタイプのようにふるまうイメージです。

また、行動を変えるプロダクトやサービスが、『問いのデザイン』に示されているような、問いをユーザーに発することで、意識的な態度変容をもたらし、ひいては行動変容につながる、という可能性も秘めています。

例えば、問いによってリフレーミングが生じれば、次に同じものを見たときでも直感的な反応が変わっているということが起こりえます。

例えば、「ポテトチップスは美味しいから食べている」と思っている人がテレビを見ながらポテトチップスを食べているときに「食べているときは常に美味しいと感じているか?」という問いを投げかけられたとします。そのときの回答は、「いや、テレビをみていてひとくち目しか味はよくわかっていなかった」。その時から彼は、ポテトチップスを見て単に「美味しそう」と反応するのではなく、「今食べるとポテトチップスの美味しさを発揮できるのか?」と自問するようになり、ポテトチップスを食べる量が減っていきます。

このような例では、問いが直感的な反応そのものを変容させています。プロダクトは、行動変容のために、さほど美味しくもないのに食べ続けてしまうという期待と関係性のずれを「問い」直します。


このように、デザイン対象の振る舞いや仕組みそのものに、相互の知見を入れることで、行動変容デザインや、ワークショップデザインの進化を期待できます。


相通じるもの:デザインプロセス

・行動変容デザインは、デザイナーへの「問い」のプロセスだ
・『問いのデザイン』は、読者にとっての行動変容プロダクトだ

また、双方の著作を読んだ読者には、「おや?この話、どこかでみたぞ」と思うような、共通点も多々あったはずです。

おおよそのデザインプロセスには、発散と収束を構想段階から具体化まで繰り返すパターンが通底してみることができます(ダブルダイヤモンドと言ったりします)。また、ゴール設定に際して、最終的なゴールの前に、具体的なゴールを設定するという考え方も、両者に共通してみられるものです。

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企業の目的とユーザーの成果をわけ、具体的なプロセスの目標であるユーザー行動を設定する(『行動を変えるデザイン』p.159)

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同じくビジョンを設定し、成果目標に至るためのプロセス目標を設定する(『問いのデザイン』p.86)

このほか、因果関係を地図のように整理すると言ったユニークな類似性を見てとる事ができます。

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アプリ内外で成果につながる行動の因果関係を整理する「因果マップ」(『行動を変えるデザイン』p.332より引用)

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問題を設定するため「構造化思考」で問題を整理する(『問いのデザイン』p.73)

なぜ似ているのか。それは両者が、実用に応えようと真摯に実践的な考察を積み重ねた結果をまとめたものだからでしょう。そこで、行動変容デザインを、実務家が行動を変えるプロダクトやサービスを生み出すための、実務家へ向けられた、問いの連続と考えてみます。問いのデザインという抽象的な型があり、それを「行動を変えるプロダクトとサービスをつくるとしたら?」という具体的な問いとして受肉させたら、行動変容デザインのプロセスになった、という考え方です。

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このようにして考えてみると、行動変容デザインをいままでは、ユーザーとプロダクト(道具)の関係で捉えていたのですが、デザイナーとプロダクトというもうひとつの道具との関係が隠れていることがわかります。

これらのパターンをより抽象化していけば、デザインそのものの本質が、ヴィゴツキーの道具の媒介モデルを2つ組み合わせたインタラクティブなものであり、道具を媒介にした価値共創であるとみなすこともできるようになります。

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拡張されたヴィゴツキーのモデル(筆者作成)

また同様の観点から、ワークショップデザインについて指南している『問いのデザイン』という著作自体が、ワークショップ設計者に向けられた行動を変えるプロダクトとみなすこともできるでしょう。上記の図のプロダクトをワークショップに置き換えることで、ワークショップデザイナーとワークショップ参加者の相互作用があり、両者のアウトカムの和合を図るプロセスと理解することができます。


以上から、わたしたちは次のような問いを立てることできます。

* 行動変容デザインとワークショップデザインを対比することでわかる、デザインの本質とは?
* ワークショップに行動変容の考え方を応用すると、どのような成果が生まれるのか?
* うまくいったワークショップ(ビジョン設定ワークショップ)と似たような体験を、全社員が経験するためにはどんなプロダクトがあれば実現できるか?
* 「問い」によって行動を変えるプロダクトとサービスはどのように成果を上げるのか?

これらを具体的なイシュー、例えば、行動変容をゴールとした人事研修や、住宅購入の相談に当てはめてみればどうでしょうか。どこかで具体例に落とし込む機会があれば、と思っています。今回の思考はここまで。


ぜひ、2つの書籍を読んで、あなたも問いを立ててみてください。


『問いのデザイン』の著者の1人、安斎勇樹さんが『行動を変えるデザイン』について取り上げてくれています。ぜひ、こちらも!


『行動を変えるデザイン』についてはこちらで翻訳チームによる解説を公開しています。


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