マガジンのカバー画像

えいが

173
運営しているクリエイター

記事一覧

はにかみの先にある虚無。レスリー・チャンにだけ許されること。

はにかみの先にある虚無。レスリー・チャンにだけ許されること。

 初公開から30年。「さらば、わが愛/覇王別姫 4K」を、歌舞伎町タワーにある109シネマズプレミアム新宿で観た。

 フィルム上映も可能だというシアター8は、全75席と小さめ。それだけに、ラグジュアリーなミニシアターで映画を体感する密やかな贅沢がある。

 奇しくも、主演レスリー・チャンがこの世を去ってから20年。109シネマズプレミアム新宿の音響監修を務めた坂本龍一は、今年2023年に逝去。ゆ

もっとみる
4.19zoomトークイベント『四月になれば佐藤健』

4.19zoomトークイベント『四月になれば佐藤健』

2024.4.19金曜日
2000開場
2030開演

『四月になれば彼女は』の公開日3.22から、ちょうど4週間後。ほとんどの佐藤健さんファンの方は見終えているであろうタイミング。人によってはリピートしているかもしれません。

ちょうど桜が北上している時節柄。桜を慈しむように、俳優・佐藤健を語りたい。シンプルにそう考えたことから、新たなzoomトークイベントの構想が広がりました。しかし、その構成

もっとみる
神聖な日常から、恥じらいが映し出される。『四月なれば彼女は』における佐藤健表現について。

神聖な日常から、恥じらいが映し出される。『四月なれば彼女は』における佐藤健表現について。

佐藤健には、声にならない声を発することがあり、独特の風情につながっている。
作品や演じるキャラクターにかかわらず、また映画だからドラマだからということでもない。
それは【佐藤健表現】と呼ぶしかないものであり、俳優を画家に置き換えれば、もはや画法と呼んでいいほどの独自性がある。
たとえヒーローを演じても、活劇から内省を感じさせる彼は、内向きの演じ手と捉えるのが妥当かもしれない。
だが、役にひたすら没

もっとみる
音符のような黒眼。小川紗良監督の『海辺の金魚』が見つめるもの。

音符のような黒眼。小川紗良監督の『海辺の金魚』が見つめるもの。

 甲斐博和監督の『イノセント15』で、小川紗良を初めて知った。出口の見えない時間を生きる15歳の少年少女の逃避行劇。そこで、あまりに過酷な日常を生きるヒロインを演じていたのが撮影当時18歳の彼女だった。不幸のどん底にありながら、不屈の透明感をまとっている。原石の輝きにハッとさせられた。いまでも、あるシーンの彼女の貌が、忘れられない。
 岩切一空監督の『聖なるもの』では、その先にある独自性を伸びやか

もっとみる
【アーカイブ受付中・3.17完全締め切り】2024.3.10井口理(King Gnu)主演映画『ひとりぼっちじゃない』公開一周年記念zoomトークイベント&同時鑑賞会〜伊藤ちひろ監督をお招きして〜

【アーカイブ受付中・3.17完全締め切り】2024.3.10井口理(King Gnu)主演映画『ひとりぼっちじゃない』公開一周年記念zoomトークイベント&同時鑑賞会〜伊藤ちひろ監督をお招きして〜

2023年3月10日に公開された井口理(King Gnu)主演映画『ひとりぼっちじゃない』。
歯科医ススメの一風変わった恋と混乱の日々を、オリジナリティあふれる鮮烈な映像筆致で綴った傑作です。とりわけ、映画初主演とは思えない井口理の底知れぬ存在感に圧倒されます。
あれから一年。本作のzoom同時鑑賞会を、記念すべき公開日におこないます。
アフタートークには、原作・脚本・監督を手がけた伊藤ちひろ監督

もっとみる
瑛太はシザーハンズ。『友罪』について。

瑛太はシザーハンズ。『友罪』について。

瑛太という演じ手は、映画『シザーハンズ』の主人公を思わせる。

エドワード・シザーハンズ。両手がハサミの状態でこの世に生まれ落ちた人造人間。優しい心の持ち主ながら、意図せずに相手を傷つけてしまう危険性がある。誤解を受けやすいパンキッシュな見た目。周囲の偏見の増長が、彼の繊細な内面を追い込んでいく。

エドワードを体現したジョニー・デップのルックスや演技アプローチと接点があるわけではない。他者がビジ

もっとみる
猫からはじまる。イ・チャンドン『バーニング』

猫からはじまる。イ・チャンドン『バーニング』

再会した幼なじみは整形していて、綺麗な女性になっていた。彼女はアフリカに旅に出るという。留守中、猫の世話をしてほしいと頼まれる。だが彼女の部屋には猫は見当たらない。やがて彼女は帰還。傍らには富裕層の青年がいて、主人公はそれから3人で不思議な時間を過ごすようになる。そうしてある日、彼女が行方不明にーー。

謎というよりは、空白が、穴が、たくさんある物語だ。青年の正体はもちろん、彼女が主人公に語る幼少

もっとみる
旅猫リポート

旅猫リポート

旅猫リポート

思わず自分の人生を振り返りたくなる映画です。後ろ向きといえば、かなり後ろ向き。ですが、世の中には「すこやかな後ろ向き」というものが間違いなくあって、振り返ることで肯定される現在が存在しているのです。

愛猫を手放すことを決めた青年と、その猫の旅が、猫のモノローグも交えて綴られます。そもそも旅には、そのような側面があります。前に進んでいるようで、実は「これまで」を反芻しているのです。

もっとみる
ここが地球の真中です。リム・カーワイ『あなたの微笑み』

ここが地球の真中です。リム・カーワイ『あなたの微笑み』

 那須塩原駅前に刻まれた文字を読むところから、映画ははじまる。

 僕達がこれから地球を守るんだ
 地球はみんなの希望の光

 主人公の声が二枚目だ。
 朗読でありモノローグであり地球との対話であり自分自身への決意表明でもある声。
 静かだが確信に満ちており、澄んだ謙虚さが心地よい。
 ハンサムなその声には主観と客観にハレーションを起こさずに溶けあわせる優しさがあり、このイノセントな響きは、彼が着

もっとみる
そのひとだけのもの。『夜明けのすべて』の松村北斗について。

そのひとだけのもの。『夜明けのすべて』の松村北斗について。

『夜明けのすべて』は、映画俳優としての松村北斗、最初の完成として後世に伝えられていくだろう。

人が人を演じるとはどういうことか。ここには、その根源の魅力が記録されている。

松村北斗はここで、パニック障害に陥った青年の、あたらしい日常をかたちづくっているが、そうした設定や状況に意味があるわけではない。見つめるべきは、もっともっともっと単純で普遍的なかけがえのなさである。

たとえば。

彼の歩き

もっとみる
なぜ、綾野剛を見つめることはこんなにも切ないのだろう。『カラオケ行こ!』

なぜ、綾野剛を見つめることはこんなにも切ないのだろう。『カラオケ行こ!』

綾野剛は、人物の背景を探索したくなる芝居をする。

映画で描かれる物語の歴史より、そこに登場する人物の歴史のほうが長く厚みがあるに決まっている。だが、わたしたちはそれを忘れたふりをして、映画を観ている。

だが、綾野剛は、ふと立ち止まらせるのだ。

この人物は、どこからきたのか?
何があって、いまこうしているのか?
この物語に辿り着くまでの軌跡と道程に想いを馳せることになる。

『カラオケ行こ!』

もっとみる
わたしたちは「無用の用」で出来ている。『まなみ100%』が教えてくれること。

わたしたちは「無用の用」で出来ている。『まなみ100%』が教えてくれること。

 無用の用。
 体操部顧問教師の一言がじわじわと波及し、地を固め、やがて青春の走馬灯へとたどり着く。打ち上げ花火の枝垂れ柳、その先端の儚さがこの映画にはあって、それが朽ちることのない余韻となる。
 とはいえ、教条主義的な作品ではない。言葉が象徴するものはあるが、描写が言葉に支配されていない。それは、主人公の造形に練り込まれた、自由と節度の仲良し具合によるものだろう。
 男の子と五人の女の子たち。そ

もっとみる
浮遊する好奇心が、台風として昇天する。相米慎二『台風クラブ』

浮遊する好奇心が、台風として昇天する。相米慎二『台風クラブ』

相米慎二監督の代表作のひとつであり、日本映画史に輝く名作のひとつと言って、問題ないだろう。たとえば森田芳光監督の「家族ゲーム」がそうであるように。
無論、相米映画には熱狂的な観客が多数いる。ひとそれぞれで、相米の最高傑作は異なるだろうが、「台風クラブ」が突出した重要作であることに異論はないと思われる。
劇場公開から37年。たくさんの批評が書かれてきた。そもそもネタバレ云々の内容でもない。だとするな

もっとみる
1994年の孤独は、2023年の今も立ち止まったまま。『エドワード・ヤンの恋愛時代』

1994年の孤独は、2023年の今も立ち止まったまま。『エドワード・ヤンの恋愛時代』

長編は7本。寡作の印象がないのは、1本1本のクオリティが高く、そのいずれもが質量を伴っているからだろう。エドワード・ヤンに低迷期はなかった。「ヤンヤン 夏の想い出」の後7年は映画を完成させることができないままこの世を去ったが、どんな監督にもある駄作(たとえばピントのズレた野心作、あるいは空虚な大作など)を遂に撮ることはなかった。稀有な満足感の提供。シャープな映画作家は、自身のキャリアにも不幸を漂わ

もっとみる