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今日の1枚:メシアン《世の終わりのための四重奏曲》ほか(ヘット・コレクティーフ)

トリスタン・ミュライユ:シュターラクVIIIa (2018)
オリヴィエ・メシアン:世の終わりのための四重奏曲
Alpha, ALPHA1048
ヘット・コレクティーフ
録音時期:2021年1月、2022年12月

 オリヴィエ・メシアンの《世の終わりのための四重奏曲》の編成に合わせて結成されたという、ピーター・ゼルキン他によるタッシが来日して話題になった1970年代には、この四重奏曲はまだまだ珍曲でした。しかし以後、少しずつ演奏機会も増え、90年代には室内楽演奏会の常連曲の仲間入りを果たしたように記憶しています。(コンサートにあまり出かけない私でも1年に3回ほど遭遇したことがあったくらい。)録音も、70年代初めならば前述のタッシによるもの、ミシェル・ベロフをピアノに据えたもの、作曲者自身が参加したモノラル時代のヴェガ盤、それにマドレーヌ・プチらによるエラート盤、サシュコ・ガヴリロフらによる独HM盤くらいしかなかったと思いますが、以後順調に増え続け、現在ではとても追いかけきれないくらいの点数が流通しています。特殊楽器が出てきたり、あるいはやたら長かったりすることの多いメシアンの作品中では、編成的にも、長さ的にも採り上げ易いというのもあり、また曲自体もメシアンとしては非常に平明というか、見通しのよい曲なので、この人気もむべなるかなと思います。
 さて、今回採り上げるのはベルギーを本拠地とするアンサンブル、ヘット・コレクティーフによる新録音です。20世紀初頭から現代にかけての作品をレパートリーの格とする団体ですが、なかなかに面白い企画のディスクも制作していて、目の離せない存在です。なかでも、バッハに基づく《「音楽の捧げ物」再訪》(フーガ・リベラ・レーベル)は、歴史や文化の異なるさまざまな音楽語法を自在に横断したリアリゼーションがユニークで、楽しいものでした。
 そんな彼らは、2007年にベルギーのフーガ・リベラで《世の終わり》をいちど録音していました。今回の再録音ではクラリネットのみ、ベンヤミン・ディールティエンスからフランス出身のジュリアン・エルヴェに交替しています。エルヴェは現在ロッテルダム・フィルの首席奏者を務めていて、今回の参加はイレギュラーなものではなく、ヘット・コレクティーフの正規メンバーとして加わっているとのことです。演奏はというと、年月的にそれほど空いている訳でもないこともあって、クラリネット以外のパートは前回とよく似た解釈で進めていると言っていいかもしれません。ただ、演奏時間的には旧盤の方がわずかに長いくらいなんだけれども、聴感上は新盤の方が余裕をもって演奏しているように感じられる。これは第6楽章の「7本のラッパのための狂乱の踊り」あたりを聴くと顕著なのですが、リズムの歯切れのよさを強調した旧盤に対し、同様にリズム感を大切にしながらも、強弱のメリハリをしっかりとつけて、演奏に強いコントラストを持ち込んでいるからかと思われます。新旧盤ともに、色彩的な多彩さよりはリズムのよさを前面に出した演奏ですが、そうした解釈の基本線が、新盤はよく練れてきた気配があります。
 そして、特筆せねばならないのがエルヴェのクラリネットです。リズムの処理、歌い口の巧みさ、強弱のメリハリの付け方など、どこをとっても旧盤のディールティエンスを圧倒している。「フランス人だから当たり前」と言ってしまいそうですけれども、この巧さはお国ものだから、というよりは、エルヴェ自身の持ち味でしょう。彼は既にフランスのノマド・ミュージック・レーベルに、モーツァルトの協奏曲&五重奏曲を入れた1枚や、カミーユ・ペパンによるクラリネットとチェロのための協奏曲《木々の響き》で独奏を務めた1枚があって、フランスのクラリネットの伝統を受け継いだやや硬質ながら伸びのよい音と、繊細さを宿した歌い口で魅了してくれていました。そんな彼による第3楽章「鳥たちの深淵」は優れたリズム感と、スケール感のある積極的な歌を聴かせて、当盤の白眉といえる出来映えとなりました。
 1枚のCDにするにはやや短めの《世の終わり》、ヘット・コレクティーフによる旧盤はマレーシアの作曲家チョン・キーヨンの手になる《殺されたパンヤンの老木を悼む》という、それはそれは独特の音響を作る佳品を併録していました。今回はフランス・スペクトル楽派の重鎮でメシアンの教え子でもあったトリスタン・ミュライユが、《世の終わり》への前奏として作曲した《シュターラクVIIIa》が、冒頭に収められています。シュターラクVIIIaとは、メシアンが第二次大戦に従軍中ナチス・ドイツに捕らえられて送り込まれた、シレジアにあった捕虜収容所の名称で、《世の終わり》はそこで作曲され、1941年1月に初演されました。そのシレジアの冬の情景を描いたというこの曲は、後半以降に《世の終わり》からの引用があるものの、全体としては楽譜冒頭に記されたという「冷たく、暗く」という指示の通り凍り付くような冷たい雰囲気を醸すと同時に、ミュライユらしく内に向かって閉じていく美しさをたたえて、印象深いものとなっています。

(本文2010字)


messiaen & murail, het collectief

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