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AV女優とさよならしても、わたしは渡辺まおとさよならしない。

本日で私は一つの人格を失うことになる。

お風呂の設定温度は常に42度だった。
実家で設定されていた温度を今でも引きずっていて、それが他人の家と比べると少し高めであると知ったのは仲の良い友人に言われたからであった。

熱い風呂には決まってスマホを持ち込んで、タイムラインをぼんやりと眺める。私の髪の毛の生え際からは汗がにじんで、目に入ったしずくは私を苦しる。もう無理だと思ったときに脱衣所の珪藻土のマットの上で涼むのが日課だった。
「これがトトノウってやつか!」とサウナが苦手な私(熱風で肺が押しつぶされそうになるのが嫌いなのだ)が編み出した、なんかそれっぽい、脳みそが覚めるような行為。

その日は突然来た。
一か月もの間、ラインの送信画面に入力したまま、放置していた文章をすんなりと送ることができた。トークルームを開くたびに送信ボタンを押せずに、「やはりもう少し考えよう」だとか「明後日まで気持ちが変わらなかったら」なんて言い訳を重ねていたのに。

普段の二倍くらい長さ湯に浸かったのがよかったのか、それとも直前に面倒だなと思った男を数人削除して気持ちが乗っていたのかは定かではないが、とにかく送信ボタンを押せたのだ。


"AVに戻りません、事務所ってやめても大丈夫ですか?"

社長はもちろん、マネージャー全員があたたかく送り出してくれた。
2年間、渡辺まおとしての時間を連れ添ってくれた。宮古島で社長が歌った「紅」が上手かったなとか、あの日マネージャーが泥酔して騒いでいたなとか、そんな他愛もないことだけどなぜか記憶に残っている。
彼らにとっては大勢所属するうちの一人に過ぎないかもしれないが、
それで構わないのだ。


私はAV女優である渡辺まお、そしてAV女優であるわたしという人格に別れを告げた。寂しさはあるが、次に進まなければ成長が途絶えてしまう気がするのだ。

何者でもなかった大学生のわたしが、AV女優の渡辺まおに変化した。
そして今、何者でもない渡辺まおとわたしに戻るのだ。

不思議と以前のような「何かにならなければ」という切迫した気持ちはない。そんな肩書が無くても、まっすぐ歩いていけるような気がするのだ。

しがらみがない今、わたしと渡辺まおはもっと深く、もっと濃くひとつになれる。

これからも何かを生み出すこと、何かを表現すること、そしてそれを世に発信すること、それは辞めるつもりもないし、きっと私は辞めることができない。

AV女優とさよならしても、わたしは渡辺まおとはさよならしない。
ずっと彼女と共に。

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