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【祖母と平和とメロンフロート】

まだ間に合うんだろうか。祖母と母の嫌うことを隠れて全て済ました私が。タバコ、嘘、ふとどきな恋愛。夜道でのキス。できちゃった婚。無視したメール。糾弾されるべき諸々の罪悪感をもう忘れてしまった。

相も変わらず立ち止まり、迷っている。あの1分間の隙間を埋められないほどに。




母と祖母に誘われて焼肉を食べに行った。
近所に住んでいてもコロナの影響で会うことがなかったので、しばらくぶりに顔を見た気がした。

祖母の隣に母、向かいに私と息子と娘が並ぶ。
私はいつもこの空間に父や夫がいないと少し緊張してしまう。

祖母と母は同じ宗派で、今でも熱心に信仰活動を共にしている。
記憶を辿っても祖母の隣には母が、母の隣には祖母がいつもいた。

よく例えで「まるで本当の親子のような」なんて表現があるけど、この2人においては本当の親子すら超越した、血縁関係以上の絆があるように思う。
そうだなあ言うなれば、1人の人間を無理やり2つに分断してそれぞれに命を宿したような。

祖母と母が一緒になって話す親戚の悪口は、声色に「女」特有の同じぬめりがあって、やっぱり元々は1人の人間だったんだろうと思う。



今日は8月6日。祖母は75年前のこの日、この街で原子爆弾の被害を受けた。
つまり祖母は被爆者で、母は被爆2世、私は被爆3世ということになる。

祖母が、ああそういえばというふうに言った。

「さよちゃん"ちゃんと"黙祷した?」

広島市では毎年8月6日の午前8時15分に、原爆によって亡くなられた多くの人を悼んで黙祷をする。
その時間帯はテレビで毎年平和公園から中継がなされ、みんな目を閉じて平和を祈るのだ。もうこんな悲劇を繰り返してはならないと。

私は今朝の黙祷を、そして今日の昼間、仕事の移動中にタクシーから見た平和公園の風景を思い浮かべた。


「うん、したよ」と答えると「ありがとう」と祖母が言った。

あんなにしつけに厳しく「女らしくしなさい」とよく私の膝を叩いた祖母も、90が過ぎ、いつの間にか背中が曲がって穏やかな顔つきになっていた。

じゅうじゅうと音の鳴る焼肉屋の一室で祖母は静かに微笑む。

「ばあちゃんが死んでも、8月6日は必ず黙祷してね」

いつも、母のために愛していた。

怒りっぽい祖母のことは怖くて苦手だったけど、それでも祖母に手紙を書けば母が喜んだ。祖母の似顔絵を書けば母に褒められた。祖母を労われば母に感謝された。母を労るよりもずっと。

祖母の前で失言をすると帰りの車内で母が不機嫌になる。それは何よりも避けたいと、先の先まで考える子供だった。


2人が教会(といつも皆が呼んでいたがそこは瓦屋根の古い建物だった)で祈り終わるのをいつも駐車場で待っていた。
宗派のことはよく分からないけれど、母は決まって「子供のために」、つまり私と兄たちのために祈るのだと言っていた。

タイヤ止めに腰掛けて木の棒で土に絵を描いて、帰りに寄る喫茶店でメロンフロートを食べるのを楽しみにしていた。
母と2人ならメロンソーダでもラッキーな方だけど、大盤振る舞いの祖母がいればその上にアイスを乗せたメロンフロートを注文することが許される。

「何しとるん?暑いじゃろ」

顔をあげると知らないおじさんがいた。

幼かった私は「警察だ」と思ったけど、後から知るにその人は向かいの大きな家具屋さんの警備員だった。


おそらく、母たちを待っていることと、教会の中は退屈なので外にいるということを説明したのだろう。
唯一覚えているのは、私は行きの車内で母に説明されたこと――「今日は原爆の日だからいつもよりお祈りが長くなる」ということを伝えた。

すると警備員さんはこう言ったのだった。

「ほったらかされて可哀想にね」

そして去り際にポケットからアメをくれた。



受け取った私はというと、「知らない人から物を貰ってはいけない」と強く聞かされていたので妙に体が緊張してしまって、母にバレる前に道端に捨てた。

もったいない気もしたけど、いいのだ、私はこの後メロンフロートが食べられるんだから。

大学の時に一瞬だけ付き合った優しい先輩が、夜のコンビニでアイスとジュースを買ってくれた。
ジョイフルの裏のセブンイレブン、溶けるから急げ急げと手を繋いで走って帰った先輩のアパート。

私は大きめのグラスを借りてメロンフロートを作った。
氷を入れてメロンソーダを注ぎ、バニラアイスをなるべく丸く形作って乗せた。

「ソーダフロートやん」
「え?メロンフロートでしょ」
「いやソーダフロートだと思う」

と、呼び名が合わなくて笑った。

「さくらんぼが無いね」
「要らない。果物食べれんから私」

ぱくりとひと口食べると、やりすぎなくらい甘ったるく、口いっぱいにシャリシャリのバニラアイスが広がって舌の上で溶ける。
「おいし〜!」と喜ぶと、その人はにっこり微笑み私に向かって「かわいい」と言った。

かわいいと言われることが三度の飯より好きだった私が、その時だけはなぜか、胸がぎゅうっと締め付けられるように痛んだのだった。


8月6日午前8時15分。子供を保育園に送り終えて、出勤前に洗濯だけ干して出ようと準備していると、テレビからこれまで何度も聞いてきた「黙祷」と声が響いた。

鐘の音が伸びる。
祖母の顔がよぎった。黙祷、しないと。




家事の手を止めてソファに座り手を合わせ、黙祷をした。
けれど何のために。

余計なことが胸を突いた。


祖母に叱られないために。
母に褒められるために。
ご褒美のメロンフロートのために。
「かわいい」と言われるために。

今、一体何のために祈っているのだろう。


「亡くした家族のために」祈った祖母。
「子供のために」祈った母。
「平和のために」祈る人々。

じゃあ私は?



いつもそうだ。目を閉じるといつも、ぐらっと足元が揺らぎそうになる。
これでは祖母に叱られる。



折り鶴は折れるし戦争の歌は歌える「広島の子供」だったのに、たった1分間すら、不特定多数のために、平和のために祈れない自分を恥じていた。



母に言われた言葉をまた思い出してしまった。「おばあちゃんとお母さんの絆は、お母さんとあんたの絆よりもずっと深い」。


暑い。乾いてしまう。愛で満たさねば。

振り切るように夫の顔を思い出した。そして娘と息子、幼なじみや親友らの顔を。
そして何故か紛れ込んだ元彼の顔。メロンフロートを分け合ったただひとりの人。

私は涙をこらえて私の1分間を埋めていった。





黙祷を終えると、ベランダの向こうを見下ろした。
日差しが強い。どうりで暑いはずだ。

そうだ、祖母と母と最後にメロンフロートを食べたのも小6の夏休みが最後で。
ちょうど今日のように、じんじんと日の照りつける夏だった。



「ばあちゃんが死んでも、8月6日は必ず黙祷してね」

90を過ぎても焼肉を食べられる祖母の健康に感心しながら、私は一言「分かった」と返した。


中指の無い祖母の小さな手を見つめていた。幼い頃、指のない手を見て「原爆を受けたから?」と聞いたことがあったな。
祖母はけろりとした様子で「原爆じゃない。ミシンで怪我したんよ」と答えていたけど、今思い出すと「いやミシンかい」と笑ってしまう。




べったりとこびりついた、母と祖母の「親子の絆」。
いつも疎外感を感じていた私。

母と祖母に対する苦手意識は、多分これからも付き合っていかないといけないものなのだろうと思う。
私が息子より娘に執着してしまうのも少なからず影響を受けてるに違いない。


けれど大人になって「きっとあれは愛だったのだ」と思えることも増えてはきていた。
その証拠に、祖母も母も8月6日午前8時15分の1分間だけでなく、その何十倍も、何百倍も私たちのために祈ってくれていたはずだった。



まだ間に合うんだろうか。祖母と母の嫌うことを隠れて全て済ました私が。タバコ、嘘、ふとどきな恋愛。
まだ間に合うんだろうか、理解し合うこと。

祖母が死ぬまでにこの人を心から愛してみたいと思った。



帰りの車内は息子と娘が大合唱をしていた。
賑やかに私の8月6日が終わっていく。まっすぐ伸びる道路のどこにも争いの跡は無い。

私はこれからもこの町で生きていくのだ。この町を愛するのだ。家族を愛し、自分を愛して。そして半径2メートルを愛せた時に、私は初めて他人のために祈れるのだ。

胸が痛いうちは、ちゃんと「私」でいられているのだろう。

暗い夜の景色に、まだ見ぬ確かな未来のことを思った。
平和はきっと透き通った緑の色をしている。

2020.8.6   ちゃこ   広島市にて


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