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【エッセイを書くことは創作活動なのか】

自己紹介で「クリエイターです」と名乗ることって無い。わたしは肩書きを持っていないから、自己紹介という暴力装置にいつも弄ばれる。

「〜ター」とか「〜スト」と名づけられていないこの体に、わたしは固くて重たい頭を乗せている。この頭はとっても扱いにくくて、だからだろうか、人よりも肩が凝る。

わたしの名前の最後にスラッシュやアットがつけば話は別なんだろうけど、きっとわたしはどれほどの量を書いても「クリエイター」と名乗ることはないと思う。

日々のエッセイでは基本的に過去の記憶を元に文章を書いている。もちろんフェイクをいれることもあるけれど、ここでの文章はほぼほぼありのままの想いを綴っている。

ふと自分の中に芽生えた疑問。それは「私のしている行為は果たしてクリエイトなのか?」ということだ。

私は元々知り合いに昔書いた小説を見せるためにnoteを書き始めた。そこでまた小説を書きたいなと思うようになったので、新作を書き下ろすという創作活動をしていたわけだ。まさに、あの頃の私はクリエイターだった。

けれど途中で思いつきで好きな歌詞を羅列したことをキッカケに、わたしはだんだん自分の趣味嗜好や考え方などを書き始めた。(しかもそうしていたら小説が書けなくなって本末転倒だったりもする)

あ、書きやすいな、と思ったので続けてみた。だから、わたしは「創作物を小説からエッセイに変更した」という意識じゃないのだ。

これまでは小説を書くとき、登場人物に自分(わたし)の想いを割り当てて、声優のように自分(わたし)の想いを「言わせて」いたんだけど、それをエッセイだと自分の口から言える。間を介するものを作らないで済むので、これでだいぶ作業が減る。

つまりわたしにとってのエッセイは「創作」や「創造」というイメージは薄い。人に言わせていたことを自分で言うようになったということ。

「新たなものを作り出す」という意味では「書く」という行為そのものが創作活動というの意見は分かるのだけど……うーん、やっぱりしっくりこない。だって私にとってそれは「作り出す」という感覚じゃない、そこに元々在るのだ。

いやいや、在るものを綴ってるのが「創作活動」じゃん、と言われたらもうお手上げ。ただ、それでもまだわたしは自信を持って「わたしはクリエイターなので創作活動としてエッセイを創作しています!」と言えない。自分の中の少しの違和感を言葉で伝えるのはいつだって難しい。

みんな、どう定義づけしているんだろう。
クリエイターの皆さんはそれぞれ「自分は何をクリエイトしている」という認識なのか。それがすごく気になるなあ。

毎日、エッセイを書き連ねる。それはちょうど薄くて大きな葉を1枚1枚重ねているような感じ。今日も新たな葉を上に乗せて、わたしは今一体何を築いているんだろうと考える。

重ねた葉は私が創作活動で作り出したものでなく、わたしという幹からぽきっと折って差し出したものなのだ。きっと大きな風が吹けば散らばってしまう。そのまま風に乗ってどこかへ消えてしまう。

そうやって秋の道の落ち葉になる。こんな心もとないことをクリエイトというんだろうか。

2019.08.24    ちゃこ


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コメント (9)
コミックエッセイを描く漫画家、日常風景を切り取る写真家、実体験を元に曲を作る音楽家はクリエイターか。文章には同等の価値がないのか。でもそもそも漫画家、写真家、音楽家という名前がありますもんね。そういう意味では……ライターはニュアンスが違うし……文筆家は仰々しいし……
小学生が夏休みの日記を書くのは創作活動ではないのか。読み手を意識しているかどうかでしょうか?闘病生活を綴った日記が死後本人の意思と関係なく出版されたら、それは創作物ではないのか。
興味深いですね。
小説やポエムを創作してるならクリエイターだと思うよ。ただnoteに感情をぶちまけてるならそれはエッセイですらない駄文製造だと思うよ。それかもう少しましなエッセイをあげてる人はNoterだんだと思うよ。私は本職クリエイターですがその言葉には誇りを持ってます。
ちゃこさんにはNoteでたくさんつくヨイショや読んでないスキに惑わされず悩まず創作してほしいですね。
難しいですね〜
私は何でも『0』から文章を、写真を、イラストを作り
人を引き込むチカラがある人をとても、尊敬します。

なので、私の定義では
ちゃこさんは、クリエイターであり、noterであり、作家だと思います。

読み手が
あ〜また読みたい
あ〜続きが気になる
あ〜このあとの展開はどうなる

どんどん書いた人の世界にハマれる
そういう書き手は、なかなかいないと思います。

ちゃこさんは、そういう魅力が溢れている。
私には、自己紹介で何者なのか、説明はいらないと思ってます。

ちゃこさん=クリエイター、noter、作家 だから
例えが素晴らしかったのでお借りしてお返事します。クリエイターかどうかは分かりませんが、私は風が吹いて散らばった葉が、それぞれどこか遠くに飛ばされて、その地の養分になることを目的として書き始めました。心もとないとは思いません。
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