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【はじめて借りたあの部屋が教えてくれた7つのこと】

「一緒に住もう」と生まれて初めて言われたとき、目の前にいたのは同性の女の子だった。

大学に直通の高速バス。一番前の席に通路を挟んで座っていた私たちは、いつもバスを降りるまで一言も話さなかった。つんとした彼女はイヤホンで爆音の音楽を聴きながら平気で眠りこけるし、私は私で怖そうな同性には近寄らないタイプだった。
バスを降りてやっと挨拶をして、講義室まで歩く。大学入学直後から危険な恋をしていた彼女は、それをあっけらかんと打ち明けることで瞬く間に私を共犯者にした。

大学の同級生、同じ学部同じコースだった「高速バスのあの子」は、同居人になった。

その頃はまだルームシェアという言葉は浸透していなくて、女子大生の二人暮らしは今よりも変わったことのようだった。時にはマンガの「NANA」とかドラマの「ラストフレンズ」に例えられたのを覚えている。

18歳。ひとつのリビングと、ふたつの部屋。あの2LDKが教えてくれたこと。


クリームシチューは焦げる

クリームシチューに火をかけてほっといたら焦げる。それを私はあの部屋で知った。ルームメイトの彼女は料理が得意で、時々思い立ったように料理をした。「残ったやつ明日食べていいよ」と言われて、お言葉に甘えて食べようとしたら焦がした。びっくりした。彼女はもっとびっくりしていた。「クリームシチュー焦がす人おるんじゃ」と呟いて。

【だいじ】シチュー類をあたため直すときにはお玉でかきまぜながら様子を見る


洗面所は使った後に拭く

ある日、綺麗好きな彼女に「洗面所をビシャビシャにしないで」と言われた。たしかに私が使った後はいつもビシャビシャだったけど、そうならない方法が分からないと話すと「使ったあと拭けばいいじゃんか」と呆れていた。たしかに。
じゃあ私が実家に住んでいたとき、誰が毎回洗面台を拭いてくれていたんだろう?そんなの一人しかいない。一人しかいないよ。

【だいじ】おかあさんありがとう


白ブラウスへの色移りは漂白剤で落ちる

何でもかんでもいっぺんに洗濯するのが普通だと思っていた私は、いつもどおりにそんな風にして彼女の白いブラウスを赤に染めてしまった。彼女が激怒したのを見て焦り、授業を早退して漂白剤を買いに急いだ。そして帰ってブラウスを漂白剤につけた。
するとあらびっくり、白ブラウスについてしまった色はとても綺麗に落ちた。安堵と感動が入り混じって一人で興奮した。

【だいじ】漂白剤を作った人、ありがとう


勝手にベッドを借りたらバレる

彼女の部屋にはセミダブルのベッドがあった。ズボラな私は基本こたつで寝ていたんだけど、彼女がバイトで土日に家を空けるのをいいことにある夜勝手にベッドを借りた。
ぐーぐーと心地よく寝た翌朝、バレないようにベッドメイキングしておいたのに彼女はすぐに気づき指摘してきた。言葉は少なかったけどちょっと不機嫌だった。枕とシーツの具合か何かで気づいたらしい。あっぱれ。一緒に住むのに誤魔化しや隠しごとは良くないね。

【だいじ】人に何かを借りるときは「貸してくれん?」と先に聞くこと


深夜のすき家は美味い

深夜にバイトが終わると、おなかが減って家から徒歩1分のすき家によく行った。彼女も私も同じものを食べても、体型が全然違った。
私は元々ふくよかだし太りやすい体質なので順当に太った。対する彼女はとても細い。ごはんを食べた後にぽっこりおなかだけが出る。
また、彼女のスタイルがいい理由の一つに足首がある。足首が細く、きゅっと締まっているので、深夜の牛丼でいくらおなかが前に出ようとも後ろ姿はとても凛としていた。私には高すぎるヒールを履きこなして、帰りの1分もしゃなりしゃなりと歩いていた。

【だいじ】足首が細い人は得


カラオケは同じ歌でも楽しい

どちらかが失恋しても、いや、失恋しなくても、私たちはアパートの近くのカラオケに行って歌った。私が車を持ってからは少し離れたほうのカラオケにも行った。
歌の上手い彼女に「これ歌って」とリクエストするんだけど、あまのじゃくな彼女はリクエストに答えたり答えなかったりした。人に頼まれたものより、自分が歌いたい歌を優先する人だった。
「それ何回も聴いたよ」っていう歌も、彼女とだったら飽きなかった。

その余韻を帰りの車でも持ち帰り、駐車場に着いても二人で熱唱しながらアパートの階段を登った。

【だいじ】サビだけ一緒に歌ったらちょっと迷惑そうにされる


冬の朝はいろんな音で目覚める

ある冬の朝、隣の部屋から聴こえる彼女の鼻歌で目が覚めた。「おはよう」とか「起きた?」とかそういう会話は一切しない。一枚の壁を隔てて、向こう側を想像する。彼女が鼻歌を歌うときはたぶん化粧をしている。私は化粧は5分で済むからギリギリまでゴロゴロする。
煙草を吸いにベランダに出ると外でお年寄りがラジオ体操をしていた。私達の住んでいたアパートは、1階のテナントにレンタルビデオ店とデイサービスの施設が入っていたから、きっと施設の人たちだったんだろう。
私はそれを見下ろしながら煙を吐いた。息と煙の境い目が分からない、白いもやが漂っては消えた。徐々に目が覚めていく。
彼女の鼻歌が終わった頃、隣のお宅からヒステリックな金切り声が聞こえた。子供を叱る声だ。シングルマザーも大変なんだなあ。時々廊下で会う時は良さそうな親子なんだけどなあ。
携帯が鳴る。壁の向こうからメールが来た。「起きた?」、「昼なに食べる?」、すぐそこにいるのにメールで会話する。

【だいじ】忘れられない朝がある

***

偶然に出会い、共に暮らしたこと

彼女はもっと偏差値の高い大学を受験し、それに失敗して嫌々この大学に入った。私は真逆で、壊滅的な成績から奇跡的にこの大学に入った。
入学当時、つんとしていた彼女は「こんな大学来るはずじゃなかった」と何度か口にした。
けれどそんな彼女が、あの部屋で私にこう言った。「あんたと出会って、この大学に来た意味があった」。衣食住のいろはを知らない非常識な私と暮らしてきっとすごく驚いただろう。でも、まっすぐにそう言ってくれた。「あんたといると楽しい」。そう言ってくれた。そういえば彼女は出会った頃よりよく笑うようになっていた。

たくさん一緒にごはんを食べたことを一生忘れないでいよう。

【だいじ】暮らせば分かる、ひととなり

***

大学1年生の春にふたり暮らしが始まり、授業の少なくなった4年生でお互い実家に帰った。元々実家から通える距離だったので「なにも下宿しなくても」と親戚から言われたこともあったけど、私は家を出て良かったと思っている。そうじゃないと知れなかった。クリームシチューが焦げるなんて。

同居人だった彼女は大学卒業と共に東京に行った。私の就活さえ上手くいけば東京でもルームシェアするつもりだった。

私は大学卒業前に学生結婚し、この12月で結婚9周年を迎えた。10年目のお祝いに久しぶりにデートをしようと言って、夫と二人で思い出のパスタ屋さんへ行った。

パスタ屋さんのすぐそばに、彼女とふたりで暮らしていたアパートがある。

久しぶりに見ても外観は特に変化がなかった。覚えている、駐車場は9番。階段を上がってすぐ、2階の角部屋。窓の鍵が硬いベランダ。白いダイニングテーブル。
おそろいのパジャマ。彼女のお母さんが私のぶんまで買ってくれたやつ。

はじめて借りたあの部屋に、二度と戻ることはない。あの部屋にはもう私たちの後にいくつもの新たな生活が在っただろう。そして私たちにもそれぞれの生活に、場所も時間の感覚も違う生活に、なってしまった。


けれど記憶の中のあの部屋はいつまでもふたりの居場所だ。彼女は私に常識を教えてくれて、彼女は私から笑顔を受け取った。
ありがとう、あたたかい暮らし。自立と甘えを半分こした、私たちの暮らし。

さて、年末で帰省すると聞いたし、同居人だった彼女に連絡してみようかな。その前に「こんなの書いたよ」って送ってみようかな。

彼女は覚えているだろうか。この7つのうちどれか1つでも。
彼女は覚えているだろうか。はじめて借りたあの部屋で、友情の双葉が芽吹いたのを。

2019.12.24    ちゃこ


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ちゃこと呼んでください。銀行員がnote描いてたらライターになりました。読みやすさがモットーの微炭酸エッセイ。読んだ後ちょっと優しくなれる文章を目指して。一般人に聞くインタビュー【そのへんの一般人】連載してます。あなたの朝の日課になりたい。あなたの夜を食べちゃいたい。