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【他人に合鍵を貰って他人の家に住んだ日々】

鍵を見つけた。なんの鍵だろうと思った。引っ越す前のアパートの鍵?いや、あの時はカードキーだった。じゃあ実家の物置の鍵?いや、あれはもっと自転車の鍵みたいにちっちゃい。

鍵とか、時計とか、いかにもストーリーを持ちそうなエモアイテムみたいなのを、今は器用に扱う意欲がなかった。なんにも浮かんでこないんだから、まあ要はただの鉄の塊だ。

たぶん合鍵なんだろうなと思う。でも、誰の?
人生で合鍵を貰う場面なんてそうそう無い。スナックでバイトしてた時にママに貰ったのと、18歳の春のいびつな1ヶ月間くらい。



鍵なんかよく渡せるな、と思う。私だったら絶対渡せない。
けれど警戒心の無い人っていうのはほんとうにずさんで、恋人はおろか他人に自宅の鍵を渡せる人だっていた。
現に私は、他人の家に寝泊まりしていたことがある。

大学に入学してすぐ、18歳の私がまだ友人とルームシェアをする前、私は新歓コンパでとある先輩を好きになった。
実家暮らしだと夜遅くまで先輩と遊べないから、先輩のアパートに泊めてくださいと言った私に(はちゃめちゃだ)、先輩は「俺も自分の家には帰らないんよ」と言った。
「じゃあどこに泊まってるんですか?研究室?」
「いや、友達の家か、彼女の家」
ぱきん。恋は薄いうちに折れた。

先輩はその友達の家――テニス部の池田さんのアパートに本当に毎日のように泊まっていた。なぜか私もその家に泊まるようになった。
そのアパートに住む当の本人はというと、その彼女の家に暮らしていた。わけが分からない。
私と、先輩は、ふたりで、池田さんのアパートに毎日泊まった。

いつ実家に帰るの?と聞かれ、何曜日ですと答えると、先輩はその曜日だけ彼女の家に泊まりに行った。
私はそれが悲しかった。彼女の家に行かせないようにするには、私が実家に帰らないようにすればいいのだと、なぜかそんな思考に走った。

私は何日も実家を空けて(当時ひきこもりの兄とそれに悩む母を置いて、単身赴任だった父からのメールは無視した)先輩と一緒にいた。
池田さんは私に合鍵をくれた。

一度だけ池田さんのお母さんが部屋に来て怒鳴られたことがある。
でも怒鳴りながら出て行ったので私と先輩はその日もそこに泊まった。
若く馬鹿げた恋愛は非常識にもあまりある。

好きだった。先輩がわたしのことを好きじゃなくても、「わたしが」好きだった。


だから何だというんだろう。


結果的に先輩は私のものにはならず、先輩とその彼女は卒業後すぐ結婚した。池田さんは別の女性と結婚した。私はその後、邦ロック男とかコーヒー男と付き合った。(フットサル男とも付き合ったけど、それはまた今後)付き合ってもない男もいた。好きでもない男もいた。
合鍵は、先輩にフラれた次の日にポストに投げ入れた。歯ぎしりしそうな安っぽいステンレスの音がした。


あのボロアパートからの最後の帰り道、泣きながら思った。池田さんが全部悪い。
なんで他人に合鍵なんか渡すんだ。
通帳や印鑑だってどこにあるか分かる。
危なすぎる。盗もうと思えば盗める。
先輩が全部悪い。
なんで彼女でもないのに優しくするんだ。
どうしてキスした後に妹みたいとか言えるんだ。
着うたをお揃いのRADWIMPSにしてきたのはあっちなのに。
先輩の彼女が全部悪い。
浮気に気づかないのが悪い。ちゃんと恋人を見ていないのが悪い。
全部知ってるみたいにモーニングコールしてくるのが悪い。
全部、彼女が悪い。全部。

私は、泣きながら、私以外の全員が悪いことにした。



鍵は、ただ家に入れるだけのものじゃない。
その空間を、居場所を、その人に貸し与えるということだ。
ずっとは続かない幸せなら、差し出さないほうがよっぽどいい。
もしかしたら彼女になれるかもなんて望みのないことを手伝わないほうがいい。


今も私には他人事のように浮かぶのだ。
あの狭いベッドで若い男女が身を寄せ合って眠っている姿。ずっとは続かない夢を見ている。
シャワーを浴びたら髪を乾かし合って、おままごとのような偽物の何かを築いている。
少女は背伸びをしている。かかとをあげて年を取ろうとしている。
合鍵が与えたのは、そういう残酷な物語だ。

2019.09.20  ちゃこ


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