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【小説】醜いあひるの子 匠馬編

~茂みの中の欲望④~

母からメールで『手伝いに来て!』とヘルプがあった。
講師が怪我で来られなくなり、人手が足りないのだと。
ショッピングモールに直行し、小学生のクラスに入って前回のテストを返す。
間違いやすい場所と、何故間違うのかの説明。
分からずに嫌そうな顔をしているのだが、理解できた瞬間にちびっこ達は食い入る様に見詰めて、慌ててノートに書き込む。
理解出来た時の『あ!』という顔。その時の顔がとても可愛い、と思う。
それが済むと、もう一度テストを開始して終わった子から教室を出て行く。

「「お兄ちゃん先生ありがとうございましたー!」」

「はーい。気を付けて帰るんだよー」

最後のちびっこ達に手を振り、迎えに来た親御さん達に向かって軽く頭を下げて事務室に戻り、テストの採点を済ませて母の机に用紙を置くと、19時。
次の授業が20時からなので、時間を潰しにショッピングモール内をうろつく事にした。

クリスマスまであと1週間。
智風に何かプレゼントを贈りたい、とは思っていたが、何にしよう。
ネックレスやブレスレット等でも良いけれども、あの子は高価な物を貰って喜ぶのだろうか。
困った顔はさせたくないし…。
確かマフラーを持って無い、と言っていたから、お揃いのマフラーにしよう。
どんなのが良いか。
派手過ぎるのは智風に似合わないし、だと言って地味すぎるのも…。
やばい。楽しい。
智風がマフラー貰って喜ぶ姿を想像して、ほんの少しニヤける。
人に見られてたら恥ずかしいので、慌てて手で口元を隠した。

あぁ、早く智風に会いたいな。

その時、前から来る女性の不気味な笑顔に大きなため息が出る。
横を通り過ぎて、直ぐに目についた店に入り、ポケットに手を突っ込んで店内を見て回る。
コレ、といって目ぼしい物は無かったが、不意に店員が下げようとしているマフラーが目に入った。

「すみません。それ、見せて貰えます?」

「え?あ、はい」

店員は声を掛けられるとは思ってもなかった様で、慌ててショーケースの上にマフラーを置いた。
藍色と菖蒲色で、柄的にも派手過ぎず地味すぎず。
ここの店のロゴがシンプルに刺繍されているヤツだった。

「これ下さい」

「は、はい。おひとつ26.800円ですので、合計53.600円になりますが…」

制服を着たままなので、“高校生ガキの分際で”という顔をしている店員だったが、ズボンのポケットからお金を取り出すと、態度が一変した。
ボクは財布を持たないので、裸銭。
マネークリップでお札を止めてポケットに入れている。
流石にこんな高校生が金を持っているとは思わなかった様で、札束見た途端に背筋が伸びた。

「ラッピング代は?」

「ラッピング代は頂いておりません。クリスマス用で宜しいでしょうか」

「えぇ」

店員はお金とマフラーを持ち、奥に入って行く。
暫くして不織布でラッピングされたマフラーがやってくると、嬉しくなってしまう。
深々と頭を下げる店員に背を向け、ガラス戸に手を掛けると入れ違いに入って来た女性2人に思わず微笑み、店を出た。
出たと同時、スマホが震え胸ポケットから取り出すと“智風”文字に目尻が余計に下がる。

『今晩は。明日、大家さんに夕食誘われちゃったから行けません。今度行く時はドリアが食べたいです』

絵文字も顔文字も使われていない文章だが、リクエストしてくれる処が嬉しくって

『それは残念。明後日は来れるかな?ドリアの具は何がいい?考えてて。スープはオニオンでいいかな?』

急いでメールを返し、スマホを胸ポケットにしまい顔を上げれば目の前に明美が居て、眉間に皺が寄る。

「これ、私のクリスマス、」

「違います。これは彼女のです。貴女のではありません」

「もう、匠馬ったら。そんなに照れなくっていいのに」

「…照れていませんから。ボクの彼女は同級生ちかぜであって貴女では無いです」

態とらしくため息を吐いて横を通り過ぎようとすれば、腕を掴まれ

「マフラーも一緒に選んだじゃない」

にっこりと微笑んできた。
ボクは貴女の存在を無視して店に入りひとりでマフラーを購入したのに、何時の間に一緒に選んだ事になっているのだろうか。
これ以上相手をしても埒が明かない、と腕を振り払い明美をその場に残して塾に戻った。

その後も、明美のメールは引っ切り無しに送信されて来て、流石に電源を切った。



***
智風に会えないクリスマス商戦の真っただ中。
ボクは父のジュエリーショップで手伝いをしていた。
バイト代も時給制ではなくて、歩合制。
今迄よりもパーセンテージを上げて貰い、おばちゃま達に笑顔を振り撒いていた。
初日の夕方。

「ね、匠馬ちゃん。貴方、笑顔が柔らかくなったわね」

ひとりのお得意様がふっとい指を口に持って行き、ほほほ、と笑った。

「え?」

急に振られた話について行けずにボクは大きく目を開き、おばちゃまを見た。

「笑顔が自然なのよね。今日は」

「そ、そんなに違いますか?」

「えぇ。大切な人が出来たのね」

人に心を読ませない為に何時も笑顔でいる。
両頬を手で隠し

「えっと、先日、初めての彼女が出来たんです」

思いっきり照れて見せた。
全く、人に隙を見せるだなんて。
まだまだ、だ。

「まぁ!それはおめでとう。なら、クリスマスプレゼントを贈らなきゃね。何がいいかしら…。あ、ウチのホテルの最上階を使って!」

と名刺とカードを差し出された。
ホテルといってもラブホの方だが、最近出来た評判の良い処。

「特別室だからカードが無いと入れないの。お得意様にしか貸し出してない部屋だから綺麗よ。24日と25日は匠馬ちゃんの為に開けておくから。頑張って!」

バシバシと背中を叩かれて、伊達メガネがずれる。

「宜しいのですか?」

「男になるのよ」

ウインクするおばちゃまに、深々と頭を下げると上機嫌で帰って行かれた。
すると後頭部をパシリ、と叩かれ振り返れば父が笑いを堪えて立っていた。
『もう喰ってるくせに』と言わんばかりの顔で。


そして、25日。
智風のアパートを訪れると、ミニスカートに生足ときてる。
その上、ボクのスーツ姿を見て緊張して。
何処まで人を煽れば気が済むのやら。

しかし…。

「大家さんと買いに行ったってボクは始めにそう聞きましたけど?でも、この字は男だよね?…男と買い物に行ったとか聞いてません」

眉間に深く皺を寄せて、メモを指で挟み目で文字を追う。
何回かそれを繰り返した後、クシャリとメモを握り潰した。

アパートで話しを聞いた時は“大家さんと行った”と言った。
聞き間違いではない。
嘘を吐いた訳では無いのだろうが…苛立ってくる。

「弁解は?」

「…っと、あの…ですね…」

「はっきり喋って下さい」

「は、はい!あの、大家さんとはショッピングモールに着いたら別行動っていう事になって、それで…ひとりでお店に向かってたら…立ち眩みしちゃって…その時、男性に助けて貰って…その人が偶々、行くお店が一緒だからって…連れて行ってくれたんです…」

「…………」

「本当に連れて行って貰っただけで、買い物終わったらあたしは大家さんと喫茶店で待ち合わせしてたから、そこに行ったし、その男性もお店出たら何処かに行ってしまったから、…何でそんなのが入ってるのかは…分からないし…知りません…でした…」

父親に叱られる娘の様に、智風は縮こまって喋る。
本当は、こんな事をさせたい訳ではないのに。
忘れていたのか、隠していたのか。
言わなくても済む事かもしれないが、やはり言って欲しかった。
(馬鹿正直に話されても結果は同じとみる)

自分の感情を抑えるために、ふぅ…とため息を吐いた。
人の多さに酔ったか、恐怖心が芽生えたか。
それで立ち眩みを起こしたに違いない。
話し掛けられるのは想定内だが、こんな物を貰って来るとは。
直接渡された物なら、流石の智風でも断る。
だが、そのまま紙袋に入っていたという事は、本当に知らなかったのだ。
そして気付いたのなら入れた儘にはしないはず。
嘘を吐いてヤキモチを妬かせようとしてくれたのなら嬉しいが、この子がそんな駆け引きが出来る訳が無い。
相手は智風に好意を持ったから、帰り際にでも紙袋に入れたのだろう。

「出来たらそういう話は1番先にして下さい」

「は、はい」

「それに、“行く店が一緒”って言うのは100パーセント口実です。ナンパの手口です。…君は自覚して無いから言っておきますが、そんな格好してひとりで歩いてる美人さんが居たら誰だって声掛けます。ひとりなら尚更です」

以前、『美人』だの『可愛い』だの連呼していたら、泣きそうな顔で『悲しくなるからお世辞は止めて』と言われた。(だからと言って止める気は更々無い)
本人は未だ、自分の事を“醜い”と思い込んでいる。
髪を上げている時の彼女は誰にも見せたくない程、綺麗だというのに。
無自覚、というのは厄介な。

「簡単に人に付いて行っては駄目です。店内とは言えど、気を付けないと。いい?何かあった後では遅いんだよ?」

「はい…」

智風にそう言い聞かせながらも、バリバリと頭を掻きながらも必死に自分にも言い聞かせる。

“あの時、違う物に変えなかった自分が悪いのだ。智風だけが悪い訳では無い”と。

「「…………」」

暫く沈黙が続き、何となくストラップを指に掛けた。
ピンクのいかにも女の子が好みそうなタイプのストラップ。
日は違えども、同じ店の商品を購入とは。
何の嫌がらせか。

派手過ぎず、地味過ぎない智風が喜びそうなシンプルなデザインのマフラーを選んで。
そしたら智風も手袋を同じ店で買ってて。
どれだけ嬉しかったか。
自分の喜びを智風が表現してくれて…。

なのに、こんな紙切れとストラップに頭に血が上るとは。
みっともない。
だが、そんな事もどうでもいい。
やっと手に入れたのに。
分かっている。
只の嫉妬。
見えない相手に情けないほどに。

後悔のちくやし”そのワンフレーズがぐるぐると頭の中を回る。

ストラップを箱にコトン…とワザと音を立てる様に落とし、腕組みをすると大きくため息を吐くと、それに驚いた智風は慌てて顔を上げた。

「た、タクマ?あ、あの、ごめん…ね?」

「何が“ごめん”なの?」

「…勝手に付いて行って…」

「それだけじゃないでしょ?」

「あ…、はい」

「反省してるの?」

「…ごめんなさい…」

「ボクさ、人一倍心が狭いんだよね…。今、すっごい腸煮え返ってる。黙ってた事もだけど、男の誘いに簡単に付いて行ったちーにもね」

「え!?ご、ごめんなさいっ、本当に反省してます!」

「本当に反省してるの?…なら、どれだけ反省してるか、態度で見せて?」

「え、あ、あの…態度って…何で…?」

理解できていない智風の発言にイラッとする。

「“何で?”…ちーはボクの気持ちなんてどうでもいいんだ」

ただ『ごめんね』と抱きしめて欲しかった。
ただそれだけで良かったのに。

「わかった。智風にとってボクはその程度の存在なんだ。……なら、他の人に目がいかない様にしてあげるよ」

莫迦みたいに腹を立て、智風の腕を掴みベッドから立ち上がると、脱衣所に向かう。
『コンタクトを外したい』と訴える智風の言葉には耳を貸さずに、服を剥ぎ取って行く。
スーツのズボンが皺になるのも気にせずに脱ぎ捨てると、一糸纏わぬ姿でだだっ広い風呂に智風を引っ張り込んだ。

壁に埋め込まれたテレビの真正面の縁に腰を下ろすと、智風を膝の上に座らせ抱きしめ手元にあるボタンを押す。
すると、大画面に24時間エンドレスに流れているアダルト番組が映し出され、智風は慌てて画面から顔を逸らした。

「恥ずかしがる事無いでしょ?ボクとちーだってこんなHな事何時もしてるんだし」

智風の髪を掻き分け、項に舌を這わせちゅっと吸い付く。

「あっ!」

逃げようとする智風の躰を引き寄せて耳朶にしゃぶり付くと、彼女は切ない声で啼き全身を桜色に染めていった。

画面では女が男に跨り、腰を振っている。
耳の輪郭を舌でなぞり、耳元で意地悪く囁く。

「あの女の人がしてる事、ちーにして貰おうか。ねぇ?」

「や!やだ!」 

ぐっと両足の太股を掴かみ、其の儘大きく開かせる。
足を絡らめ閉じる事を許さない。
逃げようとすれば腕に力を籠め、智風の手を掴むと自分を受け入れる場所に手を持って行く。

「じゃぁ、…ここに自分で指入れてシて見せて」

その言葉に智風の全身が強張るのが分かった。

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