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忘れられない歌声

大好きな駅前の有隣堂書店に行った帰り道のこと。

最近は急に寒くなりました。
薄着をしていたので、素早く自転車に乗り自宅への道をとばします。

学校帰りの高校生が通るいつもの横断歩道。
3人の女の子が横に並んで楽しそうに話をしている。

女性グループの右側を通りすぎようと自転車のスピードをゆるめたその瞬間。
後ろに一人の男性を発見。
チラリと顔を眺めると、すぐに誰かわかりました。

そうです。
中学生のときに特別支援級に通っていた高藤くん(仮名)です。

今こそ知的障がいという言葉を知っています。
が、当時はそんなこと知る由もありません。

高藤くんと話をしたことはなく、交流もありませんでした。
名前を知る程度。

障がい者支援の仕事を開始してから、障がい者の寿命が平均より短いことを知りました。
でも、中年の彼は元気そう。

後方を振り返り背中を追うと、小走りに女性グループを追い抜きます。
そして、駅に向かって消えていきました。

一瞬の出来事でしたが、
「今でもがんばってるんだな~」
と、なつかしさとともに、元気をもらいました。


高藤君と同じ中学校に通っていたときのこと。
ぼくの通っていた公立中学校では、毎年、合唱コンクールが行われていました。

クラスで競うコンクール。
まずクラスで歌う曲を決めます。
当時は担任の先生が独断と偏見で曲を決定。

後はコンクールに向けて練習の毎日。
放課後、昼休みなど、すき間の時間がつぶれていきます。

まじめな中学生だったので、
「自分の自由時間がなくなるな…」
なんてよこしまなことは考えませんでした。

時々、近所のクラスと相互発表会。
本番前の腕試し。
すごいですよね。


そしていよいよ本番の日。

1年から3年の25クラスが順番に発表。
正直、途中からは退屈。
聞いてるふりをしながら半分寝てました。(笑)

ところが、あるクラスの順番になると、しっかり目が覚めました。
それは高藤くんのいる特別支援級。

舞台の袖からでてきたのはわずか9人。
先生はいません。

緊張はしていなさそう。
自分の座席は体育館の中央左側。
遠方なので、細かな表情まではわかりません。

静かに9人がおじぎ。
でもバラバラ。(笑)

「ちゃんと歌えるのかな…」
子ども心に少し心配でした。


指揮者の先生が伴奏のピアノに合図。
合唱がスタートします。

何回も聞いたことのあるなじみの歌が聞こえてきます。
たった9人の声。
でも、歌声は体育館に静かに響きます。

ぼくだけでなく、隣の、そのまた隣の友人もかたずをのんで見守っていました。


37年前に一度だけ聞いた曲。
でも、忘れられない歌声。

不思議と9人それぞれの声が届きます。
伝わってきたのは歌声だけではありません。


素朴さ…

シンプルさ…

素直さ…

迷いのなさ…

悲しさ…

わかってもらえないというもどかしさ…


涙は流れませんでしたが、心の深く深くに届きます。


高藤くんの姿を見て、またこの歌声がよみがえってきました。
耳を澄ますと、今でもその歌声が聞こえてきます。


「この広い野原いっぱい」

この広い野原いっぱい 咲く花を
ひとつ残らず あなたにあげる
赤いリボンの 花束にして

この広い夜空いっぱい 咲く星を
ひとつ残らず あなたにあげる
虹にかがやく ガラスにつめて

この広い海いっぱい 咲く船を
ひとつ残らず あなたにあげる
青い帆に イニシャルつけて

この広い世界中の なにもかも
ひとつ残らず あなたにあげる
だからわたしに 手紙を書いて
手紙を書いて

手紙を書いて
手紙を書いて


高藤くんたちは何を思いながらこの曲を歌っていたのでしょうか…


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