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お金だけでは幸せになれない理由。ソクラテスが語る「無知の知」がまじヒップホップ


※中盤以降で、衝撃的な告白をしています。心臓の弱い方は、今すぐブラウザバックでお戻りください。いいですか?忠告はしましたよ……?※


まずはお礼から。

昨日の投稿へ「オススメ」&「サポート」してくださった@アトロさん、どうもありがとうございます!

この場でお礼を伝えさせていただきます。

ぼくとしては、「ちゃんと読んで頂けたんだ!」ということが、何より嬉しかったです。ホクホクです!

読むことで、なにか発見があったり、元気になるような気づきがあったのであれば、言葉にした甲斐があったな〜と思います!


さて、そんな今日にお届けするのは、

「お金がたくさんあっても幸福にならないのはナゼ?」

という哲学的なテーマ。

「お金があれば、幸福になれるっしょ!」という意見を、

バッサリと
斬り捨てていく内容になります。


それを語ってくれるのは……

あの、泣く子も黙る、知の巨人…………




ソクラテス!!!

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です!(どどーん!!)


この人がいなければ「西洋哲学は無かった」と言われる哲学界のパイオニア。

古代ギリシアの大スター!

西洋哲学は「プラトンに始まり、プラトンに終わる」と言われるそうですが、何を隠そうそのプラトンこそ、ソクラテスのお弟子さんでした。

ソクラテスなくしてプラトンなし!プラトンなくして西洋哲学なし!

つまり「ソクラテスなくして西洋哲学なし!」なのです。


もともと政治家を目指していたプラトンは、師匠であったソクラテスが祖国アテナイの裁判で死刑になったことに衝撃を受けます。

「この国の政治、めっちゃ腐敗してるやん……」

そう思い悩んだ末に建てたのが、政治と哲学を学ぶ学園「アカデメイア」でした。

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↑ラファエロ作の「アテナイの学堂」です。

ここではアリストテレスなど、その後の西洋社会の源流ともいえる思想家たちが学びました!


どうでもいいのですが、この絵を見ていると…………




サイゼリアを思い出すのは私だけですか?

ミラノ風ドリアを連想しちゃうのは私だけなのでしょうか?

あれ食べた高校生の85%が舌を火傷してるって、知ってます?



すみません。普段、ファミレスはロイホ、スーパーは成城石井をご利用しておられる皆さまには、関係のない話をしてしまいました。

お許しください。


そんな伝説の哲学者・ソクラテスですから、「さぞ難しいことをつらつらと語ってたんやろ?」と思いきや、そんなことはありません。


というか、そもそもソクラテスは「オレ哲学者だぜ〜」とか、言ってない

てゆーか、本も一冊も書き残してない!

それどころか、当時の弟子たちから、1円ももらってない!!


哲学者としてのやる気が1ミリも感じられません。


「え?じゃあソクラテスって一体何者なの!?」


というと、


「そこら辺で若者をつかまえて対話していた」


と伝えられています。

そんなことを、数十年も続けていたんだとか……。

路上で対話ですか。

かなりストリート系な印象ですね!


しかもその挙句に…………


「若者たちを堕落させた罪」


で告発され、裁判の末に死刑になります。



なるほど……。

「そこら辺(ストリート)で若者をつかまえて対話していた」

そして、

「若者たちを堕落させた罪」

で告発されて、

「死刑」

になったのか。


たいぶファンキーだな。

一体どんな対話してたんだ?

ふつーに対話してるくらいじゃ、「死刑」になんてならないだろうに。


しかも、ソクラテスの周りには「若者」が多かったのか。

プラトンも、この裁判当時には28歳だったみたいだ。

でも、このときのソクラテスって、すでに70歳だったんだぜ?

めっちゃジジイじゃん!!


なんでそんなジジイの元に若者が集まるんだよ?

たかだか「対話」だろ?

しかもそのせいで、「若者が堕落する」って、どういうことよ??

一体どんな「対話」よ?



って……




あれ……?




ソクラテス、「そこら辺(ストリート)で若者をつかまえて対話していた」……


そこには、「若者ばかりが集まってきた」……


そのせいで、「若者たちを堕落させた罪」で告発された……



その辺で……対話……若者たち……堕落……


ストリートで……若者たち……堕落する……対話……



まさか……



この「対話」って、もしかして……





ラップじゃね?

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え?まじで?

いや、でも、そうだよね?


「ストリート」で「若者たち」が「堕落」する「対話」って、これはどう考えても「ラップ」だよね?

そんなもん、古今東西、地球広し、地球史長しといえど、「ラップ」以外に存在しないよね?

そう考えれば、「なぜジジイであるソクラテスのもとに若者たちが集まっていたのか?」のナゾも解けるよね?



こいつら、ラップしに来てるよね?

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まじか〜!絵だから気づかなかったわ〜!

サイゼでいつも見てたけど、ぜんぜん気づかなかったわ〜!

これが「ラップしてるラッパーたちの絵」だったなんて!


だって「静止画」なんだもん!

これが「動画」だったら1発で分かったよ?

みんなビートに体揺らしながら、ラップしてたんでしょ?

いや〜「静止画」だから分からなかったわ〜〜!



これまで私は、「釈迦はラッパーだった説」

や、

あの「イエスもラッパーだった説」

などを提唱してきましたが、ここに来てついに、



ソクラテスもラッパーだった説


が浮上して参りました。

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そう言われてみればこれも、どことなく「ヒップホップの香り」がするポーズではないでしょうか?


と、いうことは、ですよ。

「ソクラテスなくして西洋哲学なし!」

と、わたしは冒頭で言いました。


しかし今や、「ソクラテスはラッパーだった」と言ってしまって、ほぼ間違いないかと思います。


ということは、「その弟子であるプラトンもラッパー」であり、「その弟子であるアリストテレスもラッパー」だったということになります。


彼らは、「西洋哲学の礎そのもの」です。

その彼らがラッパーだった、となると…………



西洋哲学の歴史=ラッパーたちの歴史

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と、いうことになります。

大変なことになって参りました。



「釈迦がラッパー」
だったことが発覚し、仏教界が決して語ることのなかったお寺の正体が暴かれ、

「イエスもラッパー」
だったことも露見したことで、20億人もの信者を抱えるバチカンのタブーが暴かれたのに続き、

なんと「西洋哲学」まで。


これは、人類史を揺るがす大スキャンダルです。


なぜ人類が、今日のような「グローバル経済」をつくるに至ったのか?

それは、西洋社会が「科学」「民主政治」によって近代化したからです。

そして、近代化を準備したのは、まちがいなくルネサンス以降の「西洋哲学」なのです。

つまり、「西洋哲学なくして、今日のグローバル経済なし!」と言えるのです。

マクドナルドもYouTubeも5G回線も、「西洋哲学」があったおかげなのです!


その「西洋哲学」のルーツが、「ラッパー」にあるとしたら……



人類史は、ラッパーたちの歴史だった。

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今やそのように言うしかないのでは?と、私は感じております。

ここに、サピエンス史の新たな地平が切り開かれているのではないかと。

今宵、またひとつ人類史のパンドラの箱が開いてしまいました。



「ラッパー・ソクラテスによる圧巻のパフォーマンス」


さあ、そんな突然のコペ転を経て、いよいよ本題です!!

「お金がたくさんあっても幸福にならないのはナゼ?」

というテーマへの、哲学者、じゃなかった、ラッパー・ソクラテスの考えを聞いていきましょう!


ラッパー・ソクラテスは言うんです。

「お金だけあっても、人間は幸福になれるわけじゃねえんだよ」

「お金の量で人生決まるとかカン違いしてるお前ら、まじ寒いよ」

って。

「じゃあ、何があったら幸福になれるんだよ!?」

と、そんなツッコミが飛んでくるかもしれません。

ここは一つ、そのソクラテスが放ったリリックの一説を、ご紹介させてください。

「君たちはお金ができる限り多く手に入ることには気を使い、そして、評判や名誉には気を使っても、知恵や真実には気を使わず、魂をできるだけ優れたものにすることにも気を使わず心配もしないで、恥ずかしくはないのか」
「ソクラテスの弁明」/岸見一郎著/角川選書より


あのアドラー心理学を紹介したベストセラー「嫌われる勇気」で知られる、岸見一郎先生による訳です。

先生はギリシア哲学がご専門の研究者でもあり、先生の解説されている「ソクラテスの弁明」は大変わかりやすく、ラッパー・ソクラテスの語らんとした本質に迫ることができます。


中でもこの一節(リリック)は、ソクラテスの哲学(ラップ)の根幹に関わるものとして紹介されています。

これが、たまらなくカッコいいんです!

すべての少年少女に聞いてほしい!


本の中では、岸見先生がすばらしい解説をしてくださっております!


ここではせっかくですから、このラッパー・ソクラテスのリリックを、当時のMCを再現するカタチでお届けしたいと思います!

以下、わたしの独断と偏見に満ちたラッパー・ソクラテスによる「対話(ラップ)」の超訳です(岸見先生の解釈とは関係ありませんのでご注意ください!)


「ソクラテスのよるMC」


いいか?お前ら、カン違いすんなよ?

「お金」があっても、人は「幸福」になれるかどうかは分からねえ。

そもそも「お金」に、そんな機能はねえからな!


「お金」を、「善きもの」にするか「悪いもの」にするか?

それは「お金」が決めるんじゃねえ。

「お前自身」が決めるんだ!


今からそいつを証明してやる。

すこし長くなるが、お前らの人生にかかわる大事な話だから、よ〜く聞いとけよ!


なぜ「金がすべて」では幸福になれないのか?


オレのダチによ、「世の中なんて金がすべてだ」と言ってる奴がいたんだ。

そいつの家は貧乏だった。

父親はギャンブル依存症で、母親はいつもイライラしていた。

兄貴は学校にも行かずにグレてて、姉貴は水商売で稼いでいた。

そんな暮らしに、そいつはうんざりしてたんだ。


だからそいつは考えた。

「どうしてオレの周りには、こんなクズしかいないんだ?」って。

そうして出した結論が、「貧乏が悪い」だった。


父親はいつもギャンブルで金を使い果たす。そのせいで母親はイライラする。

兄貴は金を稼ぐことから逃げて遊んでいる。姉貴は金を稼ぐために下品な化粧で夜な夜な出かけていく。

「ぜんぶ金のせいだ」「金さえあれば、ぜんぶ解決する」

そう思った。

だから「世の中なんて金がすべてだ」と言ったんだ。


でも、オレにはそんな考えはバカバカしく思えたんだ。

だから言ってやったよ。

「お前は世の中、金がすべてだと言ってるが、それはお前のまわりのクズたちと同じ発想じゃねえのか?

なにが本当に『善きもの』かを見定めようともしないで、お前は恥ずかしくねえのか?」

ってな。


そいつは吐き捨てるように言ったよ。

「お前にオレの気持ちなんて分からねえ」ってな。


それっきり、そいつとは10年以上、会わなかった。

だが、風の噂で、そいつが商売で成功して、かなり儲けてるって話は聞いていたんだ。

オレはなんとも思わなかったけどな。

オレは相変わらず貧乏暮らしだったが、そいつのことなんてちっとも羨ましくなかった。


そんなある日、オレの前に唐突にそのダチが現れたんだ。

十数年ぶりだったが、すぐに分かったよ。

着ている服やアクセサリーは高そうなものだったし、腹にも脂がたっぷり溜まってたが、そいつは当時のままに見えた。


そいつは、はじめはニヤニヤしながら、オレを酒に誘ったよ。

で、しばらくはそいつの「下らない自慢話」を聞かされた。


自分がいかに成功したか?

どんな努力をしてきたか?

どうやってビジネスチャンスを見つけたか?

どんな有名人に気に入られているか?

これまでどんな女を抱いてきたか?

上質な毛皮がどんな手触りなのか?


どれもクソより下らない話だったよ。

オレは退屈しのぎにもならないそんな話を聞き流した後、こう言ったんだ。

「で、おまえは幸福になれたのか?」

ってな。


そいつは一瞬、固まったよ。

でも、すぐに口を開いてこう言った。

「はあ?お前はバカなのか?人の話が聞こえてなかったのか?

オレが今、どれだけ裕福なのか分かってねえのか?

あの頃のクソみたいな暮らしとは、オレはもう別世界にいるんだぜ?」


オレはそいつの声が、かすかに震えてるのを見逃さなかった。

だからもう一度、聞いてやったよ。

「バカなのはお前だ。オレの質問が聞こえなかったのか?

お前は今、幸福なのか?それを聞いてるんだぜ」

ってな。


そうしたら、そいつは黙ったままうつむいた。

しばらくして、驚くほど小さな声で、

「分からねえ……」

と言った。手の甲に、涙が落ちるのが見えたよ。


金持ちになった男は語る


それからは、ちょっとはマシな話ができた。

酒も少しはうまくなった。

はじめて、そいつの「人間の部分」にふれられたと感じたよ。

その夜、そのダチが語ったのは、要はこういうことだ。


”オレは……商売で成功するために必死に努力した。

勉強して、「どうすれば金持ちになれるのか?」を必死に考えた。

いくつものビジネスに手を出したよ。


はじめに当たったのは、「皮革の仕上げ」だった。

運も良かったんだろう。自分でも驚くほどの金が入ってきた。

それで内心、ホッとしたよ。

「これであの、クソ溜めみてえな場所とはおさらばできる」ってな。


そこからは手堅く儲けた。もともとオレには、商売の才能があったみてえだ。

「どこからどこに金を流せば、自分のもとにより大きな金が残るのか?

そんなことが、なぜかすぐに分かるんだ。

オレはたちまち大金持ちになった。オレの人生は一変したよ。


まず、周りにいる奴らが変わった。

「頭のいいやつ」「仕事のできるやつ」「金を持ってるやつ」

そういうやつを集めた。どれも、オレに金を持ってきてくれそうなやつらだ。

そのかわりに、良いやつでも、「貧乏人」は遠ざけた。

その時にはもう、「金にならない人間関係」に、オレは一切の魅力を感じなかった。

それで全く構わないと、オレは思ってた。


なぜなら、オレはモテまくった。

これまでの人生で味わったことのない、モテっぷりだった。

「ちやほや」なんてもんじゃねえ。「酒池肉林」ってやつだ。

「金の力」ってやつを、まざまざと見せつけられたよ。

色んな女が、いつもオレの周りにいた。

オレは選び放題だった。時間も場所も、オレの思いのままだった。


集まってくる女を喜ばすのは、簡単だったよ。

「金」を使えば、女が喜びそうなものはすぐに手に入った。

あとはそいつを与えればいい。

その瞬間、女の目は一番輝くことを、オレはすぐに学んだよ。

「なんだ、こんなもんか、女だって金で買える」ってな。

「やっぱり世の中なんて、金がすべてじゃねえか」と、オレは確信していったよ。


それが揺らいだのは、ちょっと前のことだ。

オレは、一人の女に惚れた。


それまでは、女なんて飽きれば取り替える「使い捨て」くらいしか思ってなかった。

サイテーなことを言ってるのは分かっているが、それがオレの本心だった。

でも、どうしても「使い捨てにしたくない」女が現れた。

オレはそいつを手に入れた。いつものように「金の力」を使って。

そいつはすぐに、オレの女になったよ。


オレはその女と結婚した。

そして、「そいつとの子どもがほしい」と思ったんだ。

そんな気持ちになったのははじめてだった。でも、オレは本当にそう思った。腹の底からな。

でも、それは上手くいかなかった。


原因は分からねえが、多分オレの方にあるんだろう。

これまで散々遊んできたが、子どもができたことは一度もなかったからだ。

それには、少なからずショックを受けたよ。

男としても傷ついたし、なにより「この女との間に子どもを授かれない」ってことが、ショックだった。

オレは彼女を愛していた。そんな気持ちははじめてだった。

だから、「彼女の方も同じように感じているだろう」と思っていたんだ。


だけど、それが違った。

たしかに、彼女もショックを受けていた。

だが、それはオレが感じていた落胆とは「別のもの」だったんだ。

彼女はうろたえていたが、その目を見れば、その意味はすぐに分かったよ。

「どうしよう、この男との間に子どもができないなんて。せっかく結婚できたのに、このまま年老いたら、わたしは捨てられるかもしれない」

そう思っているのがすぐに分かった。

そんなことを読み取れてしまう自分が嫌だったよ。


そのことに、オレは何より傷ついた。

彼女の心は、まったく「オレのもの」になんかなっていなかったんだ。


オレは、うろたえる彼女を安心させるために、新しい家を建てた。

「これでお前とずっと一緒にいられるぞ」

というメッセージを込めて。

すると彼女の目には、

「よかった。これでこの男と、もう少し良い暮らしができる。安心が手に入った」

という色が浮かんでいるのが分かった。


どうしてこんな女に、オレが惚れてしまったのか?は分からない。

でもオレは、どうしても彼女への想いを手放すことができないんだ!

にも関わらず、オレは一番ほしい「彼女の心」は、まったく手に入れられない。

彼女が見ているのは、「オレ」じゃない。「オレの金」なんだ!

彼女の目には、「オレ」がまったく映ってないんだよ!!


そこでオレは気づいたんだ。

彼女は「世の中なんて、金がすべて」だと思っているんだ、って。

そしてそれは、「オレ自身と同じ」なんだって。


ハハハ、笑えるよな。

彼女は、オレとそっくりなんだ。

そしてオレは、そんなそっくりな心を持つ彼女に惚れてるんだ。

だけど、彼女はオレとそっくりなゆえに、「オレの金」しか見ていない。

オレは、一番ほしい「彼女の心」を、どうしても手に入れることができないんだ。

まったく出口がない場所に、自分がいるように感じたよ。


そうして、オレは気づいた。

オレの周りには、「オレとそっくりな奴ら」しかいないってことに。

誰も「オレ」を見ていない。見ているのは「オレの金」だ。

当然だよな?

オレだって、誰のことも見てなかった。「そいつらの金」しか、見てなかったんだからな。


オレは、でかい家の、バカみたいに豪華なイスの上で、宝石よりも高い酒を飲みながら、「自分が何も持っていないんだ」と感じたよ。

そして、お前の言葉を思い出したんだ。

「お前は世の中、金がすべてだと言ってるが、それはお前のまわりのクズたちと同じ発想じゃねえのか?

なにが本当に『善きもの』かを見定めようともしないで、お前は恥ずかしくねえのか?」


お前のことなんて、オレは忘れていると思ってた。だけど、ハッキリと思い出しちまった。

オレは、お前だけが「オレ」を見てくれていたんだと気づいたんだ。

だから今日、こうしてお前に会いにきた。


お前は、あの頃とちっとも変わらず貧乏なままだけど、オレにはずいぶん立派に見える。

オレは、あの頃よりもずっと金持ちになった。

だけど、もうどこにも行ける気がしない。

でも、今もっているものを失うのも怖い。

続けるのも怖いし、やめるのも怖い。

オレは一体どうすりゃいいんだ?”



結局その夜、そいつは朝までオレのところにいたよ。

バカみたいに安い酒が、おどろくほど美味く感じた。


幸福であるために、「善きもの」を知れ


これがオレのダチの話だ。

これが本当かどうか、信じるか信じないかは好きにしてくれ。

ただ一つ、オレから言えることは、

「お金」なんていくらあっても、それだけで「幸福」がやってくるわけじゃない

ってことだ。


「じゃあ、どうすれば幸福になれるんだ?」
って思うよな。

当然だ。

そのために必要なのが、「善きもの」と「悪いもの」を見極めることだ。


世の中で、「善きもの」だと思われているものはたくさんある。

裕福であること、名誉があること、スタイルがいいこと、美人であること、強い肉体をもつこと、頭がいいこと、ビジネスで成功すること。

とかな。

でもな、こういうもんを手に入れて「幸福になれる」やつは、「なにが善きものか?を見定めようとしているやつだけ」だ!


逆に、「こういうものが手に入れば幸福になれる」なんて思ってるヤツは、勘違いもはなはだしいぜ!

そんな奴の人生は、びっくりするほどお寒い末路を辿るだろうよ。

そいつらは、「なにが善きことか?」なんて深く考えることすらしない。

そんな生き方してて、恥ずかしくねえのか?と、オレは思うね。


「善きこと」ってのは、「ためになる」とか「有益である」って意味だ。

それは完全な「善悪」では決してない。

そこんとこ、誤解すんなよ!


そしてもう一つ!

オレは、「何が善きことなのか?」を知らない!

それを知っているのは「神」だけだ。

オレは神じゃねえからな。「何が善きことか?」なんて分かるわけがねえ!

そんなことは、どんな人間も完全に知ることはできねえんだ!


ただ、オレはそれを「知らないことを知っている」だけだ!

その点で、「お金があれば幸せになれる!」と思い込んでるカン違い野郎よりは賢いかもしれねえ!

そいつらは、自分の「無知」や「思い込み」に気づいてすらいねえんだからな!笑っちまうぜ!

それを「無知の知」なんて呼ぶやつもいるぜ!


だからオレは、「何が善きことなのか?」を問い続けることが大事だと思ってる。

だから今日も、こうしてストリートで、お前らとラップしてるんだ。

「自分」や「他人」の人生を吟味すること。

それこそが、「幸福」を求める人間の、本来なあり方だと思うからだ!

この生き方を、オレは気に入ってるのさ。


こういう活動を、オレは「フィロソフィー=知を愛し求めること」だと呼んでいる!

「知恵」「真実」に気を使うことで、はじめてオレたちは「善きもの」に近づける。

自分自身の「無知」にも気づける。

「思い込み」をはがしていける。


そういうことを、オレは今日、お前らに伝えたかったんだ!


じゃあ、そろそろ次のビートいくぜ〜……


フィロソフィー(哲学)とは、「知を探し求めること」


岸見先生は「ソクラテスの弁明(角川選書)」の中で、このように書かれています。

  ”多くの人が善きものと考えているものは、それをどう使うかを知っていなければ、人をかえって不幸にすることにもなりますし、そもそもそれらは幸福であるためには何の役にも立たないかもしれません。
 幸福であるためには、何が自分にとって善であるかを知っていなければならないのです。
(中略)
 ソクラテスにとって、このような知を愛し求めること——これが哲学するということの意味ですが——は、自分や他の人が知と真実に気を使い、魂を優れたものにしようとしているかを吟味することでした。”


ソクラテス以来の「哲学」とは、「やたら難しい言葉を並べ立てたり」「自分の知識をひけらかす」ためにあるのでは、決してないということ。

それは、「何が自分にとっての善であるか?」を知る旅路なのです。

言葉は、それを探し求めるための「ツール=道具」にすぎません。

その使い方を間違えば、幸福を覆い隠す影のようなものにもなるでしょう。

大切なことは、「あなたが目の前の道具をどう使うか?」であり、

それを「善きもの」とするために、「知を探し求めること」を続けることなのです。


そのための基本的な姿勢が、「そもそも善きものなど自分は知らないのだ」という「無知の知」なのです。

「無知の知」こそ、人生の出発点=スタートラインであり、常に立ち戻ることのできるはじまりの姿勢=スタートポジションであるのだと、ラッパー・ソクラテスは、マイク越しに私たちに語りかけています。


日々「お金」を使いながら、この巨大な「グローバル経済」に投げ込まれている私たち。

この忙しない日々を生きるしかないからこそ、ラッパー・ソクラテスの声に、すこし耳を傾けてみることは、すばらしい体験であるとわたしは思います。

その気持ちが少しでも伝わっていましたら、幸いです。

それでは。


つづくぅ!!




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