見出し画像

好きな人の好きな人は私じゃない

私には好きな人がいる。
彼は私よりも少し背が高くて、やや伸びた黒い髪をかき上げながら私と目を合わせる。
少し焼けた黒い肌と目の下の黒子が色っぽく、そのにやけたような笑顔は私をさらに惹きつける。

午前2時
私たちはお酒を飲んで意識が朦朧とした中、話をしている。
部屋の中に充満する煙はバニラのような甘い匂いを漂わせて私たちの関係性を濁す。
「死にたいと思ったことはあるか」私の質問に彼は
「ある」と答えた。
何故かは聞かないが、代わりに「どうしたの?」と聞いた。
「首を吊ろうとした」そう答えた彼はにやけながら私の目を見つめている。

普段、私たちは話をしない。時々挨拶をする程度の仲である。友達というには遠い距離感といったところだ。
今日は、一緒に飲んでいた友人が酔い潰れて、たまたま二人きりになった。私たちは話すことも特になく、軽率にお互いの闇に触れた。

私はこの彼のことが好きである。

彼には弟が二人いる。彼は長男であるが、心はおそらく弱い人間だ。
彼はお酒とタバコと本が好きで典型的なメンヘラだ。
たまに、ふらっと旅をする。
人と話をするのは得意ではなさそうだか、カブに乗ってどこまでも一人で旅をする。

彼は私の求めている言葉を探すのが得意で無意識に、軽率に、私の心配をしてくれる。
私のことは心配するくせに、私の友達とはソリが合わないらしく太々しい態度をとる。
そんな姿も私を勘違いさせる。
彼は私と同い年だが博識で、感受性が強い。
趣味も多くてオタク気質。
私は彼の多くをまだ知らないが、
私はそんな彼が好きだ。


彼には好きな人がいる。
私と同じくらいの背格好の女の子で、私より可愛くない。
強いて言うなら…声は可愛い。
そして何故か振り返るタイミングで柔らかな風が吹く。小股でちょこちょこと歩く姿も、話し方も、笑い方も、照れる時だって女の子らしくて私には真似できない。
なにより、彼女の話は面白い。
誰のどんな話にも合わせることができる。
彼女は明るくていつも笑顔を絶やさない。
そして彼女の周りも笑顔が絶えない。
彼女はいつも優しくて、私に多くのことを教えてくれる。助けてくれる。
心配してくれる。
声をかけてくれるし、私を一人にはしない。
私はそんな彼女が好き。
でも、きらい。
やっぱり嫌い。
好きになれない。

彼はいつも彼女の話をする。
彼女の名前を声に出す。
彼女の話をする時は口元が緩む。
少し声が明るくなって、笑う。
話が広がる。
彼から彼女の話題を聞くのはやはり苦痛だ。


今日、彼女が約束に遅刻してきた。
二人はその話で盛り上がる。
「どうしたの?昨日何してたの?」
「友達と夜遅くまで電話しちゃって…!」
大したことない話題と、当たり障りのない質問しかしない。そんな二人の会話が耳に届いてくる。
苦痛だ。居心地が悪く空気が重い。自分の心が汚れていくのがわかる。息が苦しい…

感情はとても短略的で、情緒のかけらもない。
つらい。くるしい。かなしくて、さみしい。
何もできない。勇気がない。自信もない。
そして今日も好きな人にキツくあたる。
嫌いだ。自分が嫌い。
そんな私を彼はヘラヘラと笑って優しく嗜める。

「好き」って伝えたらこの関係はどうなるんだろう。

昼中のジリジリと照りつける強い日差しに煽られて喉が乾く、腹が減る、心は貧しく、人恋しさに襲われる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?