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【落語(11)】 『シェイプシフターの苦悩』

流行りすたりがなく常に人気があるものというのがございまして、なにかというと売買春っていうものででございます。今なら性風俗と言いますが、本当の売買春、いわゆる本番というやつは犯罪です。ところが江戸の時代では、吉原という公に認められた遊郭がございました。落語でも花魁に狂う登場人物などがよく出てきますな・・・。


紅「おや、なんだ?子だぬきじゃない。どうしたんだい」
たぬき「はい、昼間人間にいじめられて危なかったところを助けていただきましてありがとうございました」
紅「ああ。危なかったねぇ、おまえ、あたしが通りかからなければ、今ごろたぬき汁だったよ。相手が子供だったからあんな銭で赦してくれたんだ・・・いやいや、礼なんかいいから、早く、家に帰って親御さんを喜ばしてあげなよ」
たぬき「それが、山へ帰りましておとっつぁんにこのことを話しましたら、「その助けてくれた方のところへ行って恩返しをしてこい」とこう申しますので」
紅「恩返し?「鶴の恩返し」とか「亀の恩返し」とかは話しでは聞くけどねぇ・・・たぬきの恩返しというのは、初めてだよ」
たぬき「落語ではよく聞きますよ」
紅「そういやよく寄席で落とし噺を聞いてくる姐さんがいるけれどね。あたしは落語は聞かないんだよ」
たぬき「それはいけませんね。それで、おとっつぁんの申しますには、「恩を受けたら必ず返さなくてはいけない。恩を受けて返すことを知らないようでは、人間にも劣るたぬきだ」って・・・」
紅「そんな、人間よりたぬきのほうが上のように聞こえるじゃないか。だけど、子だぬきになにができるって言うんだい」
たぬき「化けることができます。まだ子だぬきですから、知らないものが多くって化けられないのもありますが、知ってるもんならたいていは化けられます」
紅「へえ。じゃあ化粧箱に化けておくれよ。やってみる? きっかけが要るの? ならいくよ、ひぃ、ふぅ、みぃ(ポン!)
 おやまあ、目の前でたぬきがクルッと回ったかと思うと、化けたよぉ。こういうのが欲しかったんだよお。どれ(箱を開ける)。くすぐったがってんじゃないよ。動いているじゃないか。あれ?中は真っ黒で空っぽだよ」
たぬき「はい。中は見たことがないので、うまく化けられませんでした。あと道具がいくつもバラバラにあるようなものはダメで、繋がってないといけません」
紅「そうかい。なら、あたしはたぬきに助けてもらうようなことはなさそうだね。だいたい人を化かすことにかけちゃあ、あたしだってたぬきにだって負けちゃいない・・・ん? お待ち。おまえがそこまで礼をしたいと言うならちょいとひと肌脱いでもらおうか。
 おまえ、女には化けられるかい? あたしに化けることは? この着物を着た姿でだよ?後ろから尻尾が出ている、なんてのもなしだよ?」
たぬき「そりゃあ目の前にいらっしゃいますから大丈夫です」
紅「ほほ、そりゃたのもしい」
たぬき「こうして葉っぱを頭の上に乗せまして・・・」
紅「・・・ああ、はいはい。世話が焼けるねえ。いくよ、ひぃ、ふぅ、みぃ(ポン!)
 おやおや、これはうまいこと化けたねぇ、どう見てもあたし、そっくり。いや、鏡で見るのとは逆になるんだねえ。そうだね、ほくろは本当はこちらにあるんだものねえ・・・いや、あたしのほうが綺麗だけれど。よし、これならいけるね。
 あ、そうだ。バラバラのものにはなれないって言ったけど、着物は脱げるのかい?」
たぬき「はい、これは葉っぱでできておりますので、脱ぐことはできます。遠くに離れると葉っぱに戻っちゃいますけれど」
紅「そうかいそうかい。それはいい。じゃああたしは、今から出かけるから、今晩はあたしの代わりに働いておくれよ。あたしはちょいと遊びに行きたいんだよ」
たぬき「働くっていいますと?」
紅「なんだいあたしが誰かも知らないでここに来たのかい。あたしは花魁だよ。客の夜のお相手をするのさ。大丈夫だよ。客が来なければただいりゃあいい。今日は大雨だっていうからね。あ、でもそういうときを目掛けてやってくる、しつこいのがいるんだよねえ。まあそんときはそんときだ。適当にやんな」

と、この紅花魁、たぬきを自分の身代わりにいたしまして、男のところに行ってしまいました。残されたのはたぬきです。

たぬき(紅の格好)「花魁? 遊女ということか? ああ、聞いたことはあるけれど、まさかこんな形で恩返しをすることになるとは。ということは? 服を脱がされて、あんなことやこんなことを? ということは? ああ! 服で隠れた見えないところがどうなっているかが判らないといけないよお。
 いや、大体は分かるんだけれどなあ。だけど、肝心の、股の間がどうなっているかが判らないとなあ。普段化けるときはそんなところ気にしなくていいんだけれど、こういうところだとかなり大事だろうからなあ・・・。
 ああ、ほかの花魁らしき人がいた。あれ、さっき言っていた落語をよく聞く人かも。『姐さん』とかって言っていたっけな。あ、姐さん、姐さん。股を見せてくれないかい?」
姐さん「はあ?なにを言っているんだい?」
たぬき「だから股を見せておくれよ」
姐さん「改まってそんなこと言われたって、なんか恥ずかしいじゃないかい。あんたどこかおかしくなったんじゃないのかい?」
たぬき「あ、行っちゃったよ。見せてくれなかったなあ。
 ええっと、こっちの姐さん、実はちょっと頼みがあるんだけど。あたしに、股の間を見せてほいしいの、お願い。この通り!」
姐さん2「え? 股の間? いやよいやよ。今日は月のものがある日だし」
たぬき「いや、そんなこと言わないで、見せてくれない?」
姐さん2「なに言っているの? あなたまさか遊郭で働いているのに、そういう趣味だったの?」
たぬき「どういう趣味だろう?
 あ、じゃあこちらの姐さん、股見せて」
姐さん3「急に「股を見せてくれ」だなんて。ははあ、あたしがカサでも持っているんじゃないかって疑っているんだね? 誰が見せるもんかい!」
紅「カサ? よく判らないなあ・・・」
楼主「ああ、紅太夫。両国様がお越しになったよ。お相手をしておくれ」
たぬき「ええ? やっぱり来たんですか? ああ、あのぉ、まだ腰巻の中が定まっていなくて・・・」
楼主「なにを言っているんだ、早くお迎えして。大嵐の中をいらしていただいたんだぞ。傘も壊れてしまったそうだ。代わりの傘を用意したのでな、お帰りの際はお使いいただくんだ。判っているな。お得意様だ。粗相のないようにな」
たぬき「ああ、だめだだめだ。もうどうしよう」
両国「おお、紅太夫。会いたかった」
たぬき「り、両国さま。 ええ・・・どうぞこの傘を使ってお帰りください」
両国「来てそうそう帰す奴があるか」
たぬき「ええっと、つまりしばらくはいらっしゃる」
両国「しばらくどころではないわ」
たぬき「まさかのお泊りで」
両国「当たり前だ。冷やかしのためにわざわざ大雨の中を来るやつがあるか・・・時間の都合で途中を省略して、いくぞ。儂ぁ気が早いんじゃあ・・・な、なんだ、頑なに・・・これ、太夫。いかん。どうして固まって、着物を脱ごうとしない」
たぬき「え、いや、そのぉ、準備が間に合いませんで、まずいんでありんす・・・」
両国「なにを言うておる。ダメだ。脱ぐもんは脱がんと、やることをやれんだろう・・・(歩く)ほお、今日はじらすのぉ。ほうれ、逃がさんぞ」
たぬき「げえぇ、ちょっと待ってえぇぇ」
両国「どうもおかしいな。お前、本当に紅太夫か?」
たぬき「(ギクッ)。もちろん。その・・・なにを言ってるんだい? 改まってそんなこと言われたって、なんか恥ずかしいじゃないかい」
両国「おお、太夫だ太夫だ。それなら続きを・・・」
たぬき「ええっと・・・あんたどこかおかしくなったんじゃないのかい?」
両国「なにを言っておる。儂は元から変態じゃ」
たぬき「ぎええ。ええっと・・・いやよいやよ。今日は月のものがある日だし」
両国「いや、いや。儂ぁそんなことは気にしないから、さあ脱ぐんだあ」
たぬき「なんかしつこいって言っていたのは本当だなあ。ええっと・・・なに言っているの? あんたまさか遊郭にいるのに、そういう趣味だったの?」
両国「そういう趣味だから遊郭に来ているんだろう。ほれ、ほれ、ほーれー」
たぬき「あーーれーー」
(たぬき、股間が露わになるところを、とっさに置いてある傘を開いて隠す)
両国「太夫。どうしたんだ?」
たぬき「傘をもっております」


Ver1.0 2021/1/28

落語の中の狸の考察はこちら。


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