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第五回阿賀北ロマン賞受賞作③童話部門『春をもたらす歌声』円立いな

 この記事は新潟県の阿賀北エリアの魅力を小説で伝えてきた阿賀北ロマン賞の受賞作を紹介するものです。以下は円立いなさんが執筆された第5回阿賀北ロマン賞童話部門受賞作です。2020年より阿賀北ロマン賞は阿賀北ノベルジャムにフォーマットを新たにし、再スタートしています。<詳しくはこちら>公式サイト

 小説創作ハッカソン「NovelJam(ノベルジャム)」初の地方開催を企画・運営しています。「阿賀北の小説 チームで創作 敬和学園大が初開催 筆者と編集者、デザイナー募集へ」 (新潟日報)→ https://niigata-nippo.co.jp/news/local/20200708554292.html

『春をもたらす歌声』円立いな


 阿賀北には、昔、唄を歌って生きる女の人たちがいました。目が見えないので、歌によって田んぼや山の仕事に疲れた人々を慰め喜ばせていたのです。
 ある年の冬、阿賀北ではいつまでも雪が止まず、春がなかなか来ませんでした。雪に閉じ込められた人々は、生きる力を失いかけていました。そんなある日、一羽の金色の小鳥が山から飛んできて一軒の貧しい家の屋根にとまり、高らかに一声鳴きました。すると、その家から赤ん坊の大きな産声がおぎゃあ、と上がりました。同時に、暗く厚い雪雲が切れ、金色の陽が射して辺りを明るくしました。川の氷は溶けて流れ始め、風は優しく木の枝を揺らして雪を落しました。阿賀北に春が来たのです。人々は、この日生まれた女の子を「山の神様が遣わした春じゃ」と有り難がりました。
しかし、この女の子は生まれつき目が見えませんでした。なので、生きて行くために、唄を歌って生きる一座へ預けられました。一座での暮らしは大変厳しいものです。幼い女の子が朝から晩まで歌い手の姉さんの身の回りの世話をし、合間に唄の練習をして、寝る暇もありません。食べ物も姉さんの余りで十分ではありません。また、一座は山越えをしてでも歌いに行くので、幼い女の子は大きな荷物を背負って山越えをしなければなりませんでした。目の見えない幼い子供にとって並大抵の苦労ではありませんが、女の子は文句も言わず雪の日も雨の日も山を越えました。更に、姉さんの中には意地悪をする人もいて、歩くのが少しでも遅れると雪の中に突き飛ばされることもありました。女の子の健気さや声の良さを妬んで虐める姉さんもいました。しかし、女の子はどんな厳しい暮らしにも意地悪にもじっと耐え、ひたすら練習に励みました。その甲斐あって七つになった年には、もう少しで人前で歌えるほど上達しました。
その年の冬、一座が人々の前で歌っていると、土地の悪い者たちが嫌がらせで歌い手を小突きまわし始めました。目の見えない人を、同じ人間でないように扱う人がいるのです。見物人も怖がって黙っているばかりなので、悪者たちはますます激しく暴れ、ついに歌い手の一人が突き飛ばされてしまいました。
その時、澄んだ歌声が上がりました。その歌声は、聞く者の心を打たずにはおかない響きを持っていました。悪者たちは魂を奪われたように聞き入っています。おろおろと遠巻きにしていた見物人も皆、棒立ちになって聞いています。歌声は清らかに高くなったかと思うと、低く波のように広がり、辺りの空気の色まで変えてしまうかのようでした。悪者たちは、おそれ多いような顔になってバタバタと去って行きました。
 歌声の主はあの幼い女の子でした。女の子は悪者を追い払おうとしたのではなく、ただ歌っただけでした。歌うことが生きることであり、唄が命そのものであったからです。
 幼い女の子が唄で悪者を追い払った話はすぐに広まり、人々はこぞって女の子の唄を聞きたがりました。その歌声は若葉のように柔らかく、七色の織物のように鮮やかで、激しく流れる豊かな河のようだと言われました。目を閉じれば浄土が見えると、目の見える者も目を閉じて聞き惚れ涙を流しました。
人気は留まるところを知らず、ついに一座は阿賀北一番の庄屋に招かれました。庄屋は山を幾つも越えた先にあり、その日は大雪でした。しかし、一座はどんなに危なくても行かなければなりません。庄屋に認められれば、嫌がらせを受けることも食べ物に困ることももう二度と無くなるからです。
 一座が命がけで山を越えてようやく庄屋の門に辿り着いた時、突然、荒々しい足音が起こりました。足音はあっという間に駆け抜け、一座の一番後ろを掠めて行きました。遅れがちに一番後ろを歩いていた女の子は、声を出す間もなく攫われてしまったのです。一座の人気を良く思わない悪者の仕業でした。女の子はそれっきり消えてしまい、どれほど探しても見つかりませんでした。冬が深まり、雪がどんどん深くなっても見つかりませんでした。阿賀北にまた暗い冬がやって来たのです。
 やがて季節が巡り、雪が解け始める頃、阿賀北には不思議な噂が立ちました。山に入るとどこからか春の息吹のような歌声が聞こえる、あの女の子の唄だという噂です。人々は、山の神様が女の子の素晴らしい歌声を愛でて手元に取り戻したのだと、口々に言い合うようになりました。阿賀北の山々で春をもたらす歌声を響かせて人々の心を慰めていると。今も――阿賀北のそこここで、耳を澄ませば胸に沁みいる歌声が聞こえてくると――。

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