見出し画像

最高にアツい場のつくり方 Part2

突然ですが、スタバの一押しドリンクってなんですか?
私は、「抹茶ティーラテ/ソイミルク/オールミルク/エクストラホット/ハチミツ(中で混ぜる)」です。

これほんとうにおいしかった

ちなみに、ラテって作る人によって、美味しさがピンキリだと思うんですけど、違いを感じたことありますか?
ミルクを丁寧にスチームして、きれいなフォームミルクをつくれる人のラテは、まろやかで舌ざわりが全然違います。推し店の推しスタッフさんを見つけられるといいのかもしれません。



なんのはなし??

気を取り直します。なんとか約束通り、Part2を投稿できそうです。
クサカタロウです。

シリーズものなので、こちらを読んでから以下お読みいただけるとより面白いかもしれません。今回は、本番編です。机上の空論ではなく、実際に高校生の前に立ち、「やりたいこと」という抽象的なテーマを扱い、メッセージを届ける中で感じたの生の気付きを書いていきます。産地直送です。

そもそもやりたいことなんて分からない

これが彼ら・彼女らのホンネなんだと思います。改めて整理すると、今回は東京都立高校の総合の時間をお借りして、講座を実施しました。どんな子たちが今回の講座を受講してくれのかというと、、、、

・先生に指示されて、候補の中からなんとなく「自己探究」というテーマを選び、抽選で選ばれた子たち(つまり、抽選に外れ、仕方なく受講する子もいる可能性がある)

・日本系以外にも、中国系、東南アジア系など様々なバックグラウンドの子たち(つまり、日本語は話せるけど、日本という国とは全く違う前提のもと、育ってきた子に対して、「自己探究」というハイコンテクストなテーマで講座を担当する必要がある)

・偏差値40強の子たち(つまり、授業や勉強といったものに対して、消極的な習慣をもっている子が多くいる環境で、そもそも「これは面白い講座かもしれない」という期待と空気感をつくる必要がある)

だいたいこんな感じでした。
案の定、第1回の講座が始まり、私からの「こんにちは!!よろしくお願いします!!」という声かけに対して、ノーレスポンス(笑)
ただ、私は某戦闘民族気質なので、「やべえ、、、、おらワクワクすっぞ!」という感じで、「どうしたら、この子たちが熱狂する空間をつくれるか?」とニヤニヤしながら、講座を開講しました。

3つの気付き

そんな中で始まり、最終的にはココロオドル空間をつくれた(と思っている)のですが、その過程でハッとさせられるような生の気付きがあったので、3つ紹介します。

思った以上にピュア

Part1記載のアンケート回答をみてもらえるとお分かりかと思うのですが、とにかくピュアなんです。
正直、ノーレスポンスの洗礼を浴びた時は少し焦りましたし、女性はイケイケのギャルっぽい子も多いし、男性はお昼後で眠そうに突っ伏しているので、「ちゃんと真剣に受けてもらえるかな、、、」という一抹の不安があったのですが、杞憂に終わりました。冒頭で空気感をつくるべく、やりたいことの重要性を私の原体験を自己開示しながら伝えていくと、みるみる目の色を変えて、真剣に聞いてくれました。

一方で、「普段、どれだけ授業に退屈してるんだろう、、、」という残念な気持ちにもなりました。ワクワクする授業づくりが、今後の先生に求められる至上命題なのかもしれません。

またもう一つ、派生して大きな気付きがありました。
やりたいこと教育の賞味期限は、高校までだということです。もちろん、手遅れなんてありません。いつだって今から始めれば、可能性は拓けます。ただ、社会に出てしまってからだと、とにかく時間がかかります。いろんな大人に接し、人の善意に触れることもあれば、悪意に触れることもあります。ついこないだまで高校生だった子が、仮に卒業後の環境で、人の悪意に触れてしまうと、ピュアな彼ら・彼女らは簡単に染まってしまうんだと気付きました。いわゆる、擦れている人はこうやって生まれるのだと、、、

つまり、高校というクローズドなコミュニティにいるうちに、悪意に負けない意志を育てることが、今回のような講座が担う役割なのです。

自分のことを全然知らない

これは大人にも言えることです。とにかく、自分のことを知らない。言葉にできない。今回、あるシステムをつかって、自分のやりたいことを見つけていく方式だったのですが、自分の好きな分野など与えられた選択肢から選ぶことはできても、「なぜ、このキーワードを選んだのか?」などのオープンクエスチョンに対峙した途端、軒並み思考が止まり、手が止まります。

もちろん、彼ら・彼女らのことを責めているわけでは決してありません。単純に、そういう教育を受けていないだけです。つまり、教育システムが問題です。そういう教育とは、自分の内発的モチベーションに目を向ける教育です。言い換えると、「なぜ?」を問い、考える教育です。

こちら参考程度にご覧ください。動機付けとモチベーションは同じ意味でつかってます。

実際の講座では、メンターが彼ら・彼女らの思考をサポートする問いかけをしながら、最終回の発表まで伴走しました。「なぜ?」を自分に問うことができないなら、誰かに手伝ってもらえばいいだけの話です。

やりたいことは、言語の壁を越えられる

これは個人的に、反省でもある気付きです。
最終回でグループに分かれて、7人程度の前で発表してもらったのですが、本当に各チーム、終始良い雰囲気で発表してくれてました。外国語圏の方々は、母国語でワークをやって、発表は日本語でしてもらうというイレギュラーな形式だったにもかかわらず、お互いの発表を称賛しあうムードが醸成されていました。

ここからの大きな気付きは、「極論、何を話しているか?」は関係ないということです。彼ら・彼女らにとって、やりたいことに向かって一歩踏み出すきっかけになっていれば、目的達成なので、母国語が違えど、共鳴し合うことができたあの空間は、今後の自己探究講座の新たな形だと感じました。

一方で、「言語が関係ないなら、無理に日本語で発表してもらわくてもよかったな、、、」というのが、今後の改善点です。次回以降、「全然分からない言語でやりたいことを発表している高校生同士が、共鳴し合うことができるか?」という仮説は、試してみたいことの一つです!!


一旦、本番編は以上です。次回は最終回、振り返り編です!!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?