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ドリス・ヴァン・ノッテンのメンズウェアに潜む論理

*このテキストは「AFFECTUS subscription」「AFFECTUS letters」参加メンバー限定有料ニュースレター「LOGICAZINE(ロジカジン)」で、2019年11月12日に配信されたタイトルです。

【こんなニーズの方におすすめ】
・デザインやトレンドの分析・考察が大好きで毎週読みたい
・専門学校生・大学生でファッションデザインの勉強に使いたい
・アパレル営業・販売の方で、モードファッションの情報収集と商品の言語化の参考にしたい

本文は以下から始まります。

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若い頃には魅力に気がつかなかったが、年齢を重ねてみて惹かれる服がある。若い時というのは、得てして視覚的にわかりやすく刺激的なものに反応しがちで、大人たちが惹かれるものに「ダサい」と感じてしまうことがある。もちろん、すべての人間がそうではないし、10代・20代のころから成熟した精神を示し、年齢を重ねた大人たちの楽しみを理解できる人間もいるだろう。

だが、私はそういう類の人間ではなかった。消費者の立場として服を楽しむ時、20代の私はクールな服に惹かれていたし、クラシックな服には気分が高揚することがなかった。しかし、それから10年20年と時間を経た今、かつての私では惹かれなかった服に心が動かされる。

今回のテーマとなるドリス・ヴァン・ノッテンのメンズウェアは、その一つになる。クラシックとモード、相反する要素を一体化させ時代と共に歩む男たちの普遍的衣服。アントワープ・シックスの一人としてモードの歴史に名を刻む、生きる伝説となったデザイナーはその才能に磨きをかける。

ドリスの服は、男たちの身体を拘束しない。布が描くシルエットは男たちの身体を、適度な分量感で持ってゆるやかに包み込む。腕を動かし、脚を前へ進める。その動作と共に布は揺れ、男たちの仕草に色気が立ち上がる。その魅力を増幅させる役割を果たしているのが、上質でクラシックなテキスタイル。メンズテーラーに保管されているような、ダンディズムあふれる布たちが裁断され、縫い合わせられ、ジャケットやパンツ、シャツといった男たちの生活に欠かせないワードローブとしての形を成す。控えめな佇まいを讃えた美しい調和に彩られた服が、そこにはあった。

しかし、ドリスは自身のデザインを静けさの檻に閉じ込めたりはしない。自らの手で美しい調和を破壊する。ドリスのシグネチャー、肥沃な大地と生い茂る自然の雄々しさと迫力を表現した柄によって。ドリスが毎シーズン発表する柄は、決してエレガントなものばかりではない。たとえば2019AWコレクションでは、怪しげで抽象的な柄を発表している。緑・茶・白の3色を用いた波線の幾何学模様は、まるで墨汁で服の上に図案を描くように、色味をかすれさせながらダイナミックな半円を描き、ベーシックなステンカラーコートの身頃から左袖へ横断している。

そこには誰もが同意する美しさはない。柄の迫力と怪しさに顔をしかめる人間もいるだろう。だが、それはドリスのコレクションにおいて強烈なスパイスとなる。2019AWコレクションで発表された、この半円柄は他の色展開でも発表され、紫・緑・黄というサイケデリックな色の組み合わせも見せる。柄が用いられたアイテムもコートだけではなく、パンツやブルゾンにも用いられており、柄そのものもデザイン展開されてサイケなペイズリー柄とも呼べる図案に変貌し、大人の男たちをダンディに装うダブルのスーツにパンキッシュ&インドな味付けが施された、強烈にモードな1着となっている。

近年見せるドリスのプロポーションは肩幅が広くウェストラインも高く、上半身にボリュームが乗せられ、1980年代が連想されてくる。けれど、80年代のバブルな豪華絢爛さはなく、クラシックなスーツに身を包む男たちの姿を具現化しながらも、ドリスの代名詞であるエスニックかつボタニカルな柄使いを挟み込むことでダンディなスタイルをモードへと押し上げている。

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