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キリスト教とアレン・アイバーソンとカート・コバーン

*このテキストはサービス「AFFECTUS subscription」と「AFFECTUS letters」加入メンバー限定ニュースレター「LOGICAZINE(ロジカジン)」で、2019年6月4日に配信されたタイトルです。

本文は以下から始まります。

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そのスタイルには不思議な空気が流れている。まるで、イタリアはルネッサンス期に描かれた宗教画から神様が現代の現実世界に飛び出し、ストリートウェアを着ているような空気。

「神様はバスケとグランジが気に入ったのか。中でもアレン・アイバーソンとカート・コバーンがいたくお気に入りの様子だ」

そんなふうに思ってしまう神聖な、けれど現代の若者たちと何一つ変わらないライフスタイルの匂いが感じられてくる。

「フィア オブ ゴッド(FEAR OF GOD、以下FOG)」

それがこの不思議なスタイルを作り出しているブランドの名前であり、デザイナーの名前はジェリー・ロレンゾ(Jerry Lorenzo)。彼が2013年にスタートさせたブランドだ。

ブランド名の由来は、ロレンゾが子供のころに家族と共に読んでいたオズワルド・チェンバースの『いと高き方のもとに(My utmost for his highest)』と、ロレンゾのキリスト教への信仰心からきている。ロレンゾが進学するロヨラ・メリーマウント大学も、ローマカトリック・イエズス会系の大学であり、学生の約60%がカトリック教徒となっている。

ロレンゾは信仰心の厚い人間であり、彼のこの姿勢がFOGのデザインに反映されている。FOGのデザインは、宗教的神聖な空気にバスケ・ヒップホップ・グランジといったカルチャーを結びつけ、オリジナルスタイルを作り出した点に特徴がある。

結果的にFOGから生まれたスタイルは、スケートカルチャーを背景にすることが多い他のストリートブランドとは異なる世界観を確立し、カニエ・ウェスト(Kanye West)との邂逅(そこにはヴァージル・アブローが関わっている)、カニエと共に手がけたA.P.Cとのコラボ、ロレンゾの妻がラッパーのビッグ・ショーン(Big Sean)のスタイリストと友人であり、ビッグ・ショーンがFOGの1stコレクションを気にいるなど、現代における人気ブランドとなるためには必須のストーリーを獲得し、瞬く間に人気ストリートブランドへと駆け上がっていく。

ロレンゾはファッションの専門教育は受けておらず、大学ではMBA取得を目指し勉強していたが、在学中にギャップ(GAP)やディーゼル(DIESEL)でショップスタッフとして働いていた経験がある。

ロヨラ・メリーマウント大学の大学院でMBAを取得すると、卒業後はメジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースやシカゴのスポーツエージェンシーなどで働いていた。ファッションデザイナーとは思えないキャリアを歩いてきたロレンゾだが、このキャリア自体、今のファッション界では珍しくない。とりわけ人気ストリートブランドでは。

先のカニエ・ウェストをはじめ、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh) 、マシュー・ウィリアムズ(Matthew M. Williams)、それぞれ人気のストリートブランドを立ち上げたが、彼らは皆ファッションの専門教育とは無縁なキャリアである。現在人気のストリートブランドのデザイナーたちの多くは、ファッション界の王道と言える名門ファッションスクールや有名メゾンでキャリアを積むというスターデザイナーのコースとは異なる道を歩んできた人間たちである。

MBAを取得し、メジャーのドジャースで働くほどであったから、ロレンゾはスポーツエージェントになることを考えていた。事実、スポーツ選手のマネージメントの仕事を彼は始める。しかし、それがロレンゾがファッションデザインの道へ入るきっかけとなった。

彼がマネージメントした選手の一人に、メジャーリーガーのマット・ケンプ(Matt Kemp)という選手がいる。ケンプは本塁打王と打点王を1回ずつ獲得するメジャーのスタープレーヤー。ロレンゾは、ケンプのプレー面以外のマーケティング(メディアへの出演など)を担当する。その時にケンプのスタイリングを手伝っていたのだが、真に使いたい服がないことに気づく。それは彼の抱える他のクライアントでも同様であった。そこで、ロレンゾは自ら服作りを始めることになる。これが、ロレンゾがファッションデザインへ足を踏み入れた瞬間だった。

最初のコレクションはわずか12ピース。ロサンゼルスのダウンタウンで手に入れた、かなりチープな素材(ロレンゾはsuper cheap fabric と称す)に高級ファスナーのriri(リリー *スイスのメーカー)を取り付けて高級感を演出しようとするなど、当時の苦労が伝わる。

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