20181023_マルジェラ

マルタン・マルジェラ論 -1990AW-

 これまで私は文脈的意味合いとして、ファッションにふさわしい表現として「トレンド」という言葉を使ってきた。しかし、その姿勢を改めることにした。今後は「コンテクスト」を使うことにする。その方が、読み手の理解をスムーズにすると感じたからである。

 「トレンド」はある時期の流行を示すという意味で使っていきたい。そこには人気商品や売れ筋商品といったビジネス的匂いも込めて。二つの言葉をそのように区別した方が良いと判断した。

 冒頭から話が逸れたが、本題に入ろうと思う。 

 マルタン・マルジェラがデビューし、1990AWシーズンで4シーズン目になる。マルタンは、自身の世界をコレクションを重ねるごとに深めていく。

 ショーはいきなりアフリカンパーカッションのライブ演奏からスタート。一拍置いたタイミングで、モデルたちが一連となって姿を現すのだが、その姿が従来のファッションショーとは一線を画す。悪く言うと乱雑で適当なウォーキングだ。よく言えば自由と言える。

 綺麗な歩行姿勢とリズム、均一な間隔で整えられたウォーキングではない。

「とりあえず距離を開けて歩く」

 モデル同士の距離感には、そう言えるような適当感がある。そこに、囃し立てられるパーカッションのリズムが乗ってくるので、観ていてもノイズが先走ってきて観念が揺さぶられてくる感覚に陥る。

 はっきり言って心地いい感覚ではない。だが、ゆえに気になり始める。「なんなんだ、このコレクションは」と。マルタンのコレクションで革新的なのは、この点だろう。

 デザインにノイズを起こし、そのデザインの背景へ感覚を誘う。ファッションを「考えさせる行為」へ仕向けていく。その引力が、服のインパクトよりも大きい吸引力を働かせ、コレクションの印象が記憶に深く刻まれる。

 これはデザインのアプローチとして興味深い。人々が通常抱く綺麗と感じるもの。そこに、綺麗を成す構成要素にバランスを崩した要素を組み込むことが、ノイズを引き起こす現象に繋がる。マルタンはファッションデザインの既成概念に揺さぶりをかけていく。

 誤解を恐れずいえば、基本的にマルタンの服はシンプルだ。ジョン・ガリアーノのように、強烈な造形や装飾で一目見て際立つ印象を想起させるものではない。今回ピックアップした1990AWにしたってそうだ。引き裂いたニットやTシャツ、褪せた素材感のサイハイブーツ、身体のラインをスリムになぞるロング&リーンのシルエット、古着屋の中でも一番安い服を選んで組み合わせたようなスタイルはみすぼらしく見え、ファッションの華やかさからは程遠い。

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