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フランチェスコ・リッソがマルニで示す実験精神

*このテキストは「AFFECTUS subscription」「AFFECTUS letters」の有料ニュースレター「LOGICAZINE(ロジカジン)」で、2019年10月8日に配信されたタイトルです。

【こんなニーズの方に】
・デザインやトレンドの分析・考察が好きで毎週読みたい
・専門学校生・大学生でファッションデザインの資料に
・アパレル営業・販売の方で最新モードファッションの情報収集として

本文は以下から始まります。

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今回はモードとは関係ない話から始めたいと思う。

正確な時期は覚えていないが、今年春に私の自宅から徒歩圏内にある飲食店が並ぶ通りに、天ぷらのスタンディングバーといえる店がオープンした。アルコールを飲みながら天ぷらをつまむ。「飲むこと」に軸を置いた店がないその通りでは他店にはないコンセプトで面白さを感じたが、同時に一抹の疑念も抱いた。

「はたして売れるだろうか……」

その通りは、オフィスビルや商業ビルがいくつも立ち並ぶ場所の中心に位置している。そんな立地ゆえ、アルコールを飲むことをメインにする需要も当然にある。だが、その通りを歩く人々は年齢・性別に関係なく「食べること」を需要のメインにしている。

私自身その通りにある飲食店で食事を何度も経験し、長年数えきれないくらい歩いてきた場所である。その通りにある飲食店にはアルコールを豊富に揃える店も多数あるが、いずれの店も食事のメニューが充実している。

そう考えた時に、この天ぷらのスタンディングバーのメニューを見ると食事のメニューの魅力に乏しく、この通りを歩く人々の需要にマッチしていないことが感じられ、先述への疑念へと繋がっていった。味が美味しいかどうか以前の問題に思えたのだ。

すると、先日そのバーの前を通ると9月末で閉店した旨を伝える張り紙が、店頭に貼られていることに気づく。需要とミスマッチを起こすと、それが結果に現れる例を目の前で見た気分になった。

もちろんそのバーを出店した企業は、事前にリサーチはしたことだろう。天ぷらのスタンディングバーというモデルは、その通りで営業する既存店とは異なるポジションで新しい需要を掘り起こせると判断したのかもしれない。しかし、結果的にはわずか半年足らずで閉店となってしまった。ここに、新しい需要を作る難しさが証明されている。

顧客のニーズにヒットするかどうか。現在モードにもそのケースに合致するブランドがある。イタリアの「マルニ(MARNI)」だ。

1994年の創業時からマルニを率いてきたコンスエロ・カスティリオーニ(Consuelo Castiglioni)は、2016年10月に同ブランドのクリエイティブ・ディレクターを辞任。後任として新ディレクターに就任したのが、今回のLOGICAZINEでテーマに選んだフランチェスコ・リッソ(Francesco Risso)だった。

リッソのマルニは賛否両論を呼ぶ。

コンスエロ時代のマルニは、色彩を巧みに用いたプリントを武器に「大人のフェミニン」と呼べるエレガンスを披露し、多数の女性の心を掴んで世界中に多くのファンを獲得していた。それは2002SSに始まったメンズラインでも同様で、少年らしいピュアな感性と大人のシックな上品さを融合したスタイルは、上品かつボーイテイストを残すデザインとなり、男のためのフェミニンの完成形と言えるクオリティだった。

リッソはそんなコンスエロ時代のマルニを一掃する。デビューは2018AWメンズコレクション。彼はマルニにアヴァンギャルドな匂いを差し込み始めた。コンスエロ時代の知的でかわいいエレガンスは消失していく。

2019SSメンズコレクションではストリート色の強い、バルケットボールのユニフォームを取り入れたスタイルも披露する。コンスエロ時代では考えられないスタイルだ。一方ウィメンズは実験的要素が強まっていく。「色彩を用いたマルタン・マルジェラ」というフレーズが私の頭に浮かぶ。定評のあったフェミニンなプリントも、その質が変わっていく。色使いの多様さは以前と変わらないが、柄のデザインに不可思議な怪しげさが混ざり始めたのだ。

変貌したリッソのマルニは、コンスエロ時代の顧客が離反することになり、ブランドは岐路に立つ。しかし、リッソはそのスタイルを変えることなく継続していく。すると新顧客がブランドにつき始めていった。

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