106.もんじゃデート

久しぶりに2人で飲みに行こうということになり、もんじゃ焼きを食べにいくことにした。
彼はなぜか以前から女性と2人でもんじゃ焼きを食べにいく願望?があったとか。山口にはもんじゃ焼きはないらしい。
お店は彼が選んで予約してくれた半個室の小洒落たお店だった。

私もすごく慣れているというほどもんじゃ焼きを食べたことはなかったので、最初は店員さんに焼いてもらった。
若い女性の店員さんで、彼は軽く雑談をしていた。
「僕初めてなんです、西の方から来たんで。地元にはお店がなかったんで」
「関西から来られたんですか?」
「いえ、山口県です。山口って知ってますか?」
「知ってますよー、行ったことはないんですけど。山口は何が有名ですか?」
山口って何が有名かな?と私が考えてるうちに、
「フグが有名ですね」と彼は答えた。
「あー、確かにそうですね」と私も静かに同調した。

なんとなく夫婦のフリをしておこうと思って、私も山口からこの地方に来たかのように振る舞った。
おっさんとおばさんに絡まれて迷惑だったのではと思ったけど、店員さんはニコやかに応対してくれた。

前に飲みに行ったときも、彼は若い女性の店員さんに軽いノリで話しかけてたことを思い出した。
そういうところ、人見知りのうちの夫とはだいぶタイプが違う。

「もんじゃ焼きも体験できたから、もう山口に帰っても悔いないなー」
そんなことを言って楽しそうだった。
「たった4ヶ月でドライブデートも、家にお泊りも、温泉旅行も経験しましたしね」
「不倫温泉旅行は…最初の頃からずいぶんと大物を経験しちゃいましたよね」

時々忘れそうになる。私たちが不倫をしてるということを。
確かにこんな関係になった当初は、不倫という新境地そのものにドキドキしたり、背徳感やスリルを感じて高揚したことは間違いない。でも、今は彼がいることが日常になっている。彼もそう感じているようだった。
それは、飽きたとかマンネリではなく、連絡を取ったり、会ったりすることが当たり前になっているということ。

「私にとっては、夫以外に好きな人ができてしまって、その相手がたまたま既婚者だった、という、本当にただそれだけなんです」
私がそう言うと、もんじゃのヘラを口に入れながら彼は黙って頷いた。

電車に乗る時間まで30分ほど残して店を後にした。

ビルのエレベータに乗り込むと誰もいないのでそっとマスクをずらしてキスをした。隙を見てすぐにキスしたがる!と二人で笑った。
「キスしすぎですか?」
「いや、私はいいと思いますよ」
いつも彼は自分からキスしたあとに「キスしすぎですか?」と聞いてくる。私はキスしてくれるのは嬉しい。

そのあとは、電車の時間まで初めて来た土地の街並みを楽しみながら手を繋いで歩いた。職場からは離れてるので知り合いに会うこともないだろうが、たまたま飲みに来てる人がいて、「あれ、桜井さんと上村さんじゃない?なんで手繋いでるの?」って言われたりして!なんて、いつも二人で歩いているとそんな話ばかりしている。

ビルの狭間の暗がりでキスをしてる男女がいたから、しばらくプラプラ歩いてまた同じ場所を通ったときに私たちも前の男女に倣った。
さすがにキスしてるところを見られたらアウトですね、なんて笑って。

改札近くの階段で別れる時、寂しかったけどいつもよりは平気だった。また2日後に、今度は1日デートが待っている。

駅の改札は誰に見られるかわからないから、いつもあっさり別れたあと、私は振り返らないようにしていた。
でも今日はなんとなく思いつきで振り返ってみたら、彼もちょうど振り返ったので手を振った。
彼は階段を上に登って地上に出て、私はさらに地下に降る。もう少し階段を降りてもう一度振り返ったらまた彼は振り返って手を振っていた。

今までも、彼は私を振り返って見届けていたのか。私が振り返らないことに対してどう思っていたのかな。
そんな些細なことも、4ヶ月一緒にいて新たに知ることになるのかとちょっとおかしかった。

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