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ひとまわり~1人目(前編)~

エスプレッソに興味を持ったのをきっかけにバール巡りをして、記した「バールノート」。あれから12年が経ち、彼等の今に会いに行きたくなりました。その記録を、ここで残していこうと思います。一人目は、私が当時から圧倒されたバリスタさんの話です。

出会い

Nさんがいるお店に行ったきっかけは、他のバリスタさんの紹介からでした。バール巡りをする中で、毎回必ずお勧めのバール又はバリスタさんを教えて頂き、次の機会に訪問する。その繰り返しの中で「大会で優勝したこともある、凄いバリスタさんですよ」と教えて頂いたのがNさんでした。

奇しくも場所は、後に私がバリスタとして勤めることになった銀座。イタリアンバールではなく、フランスのカフェをイメージしたお店でした。店に入ると飛び交うスタッフさんの言葉はフランス語、お客様も、日本人だけでなく外国人も多くいて、そこが日本じゃない様な少し不思議な感覚になったのを覚えています。

Nさんは店の奥、中央にあるカウンターに立ってドリンクを作っていました。初めて訪れた私は入口でテーブル席に案内されそうになったのを止めて「バンコへ...」と伝え、カウンターへ案内してもらいます。Nさんはカウンター席に立った私に「いらっしゃいませ。」としっかり目を見て声をかけました。

立ち居振る舞い

当時のバール巡りでは、エスプレッソとカプチーノを注文し、自分の中で情報を詰め込むことをしていました。Nさんに「ご注文は何にされますか?」と聞かれた私は、エスプレッソを注文します。

私がエスプレッソを注文している間にも、今までのバール巡りの中で一番の数の注文メモがカウンターに並んでいきます。そのお店はテラス席も含めると、130席。カウンターに立つのはNさん一人。カウンターに立つお客様の様子をみて会話をしながら、無駄のない動線で次々とドリンクを出し、ホールのギャルソンに声をかけていきます。その所作全てが、雑ではなく指先まで意識が届いていると感じるものでした。

エスプレッソが私の前に来て、いつもの様に味わっていると「このお店は、どなたからか教えて頂いたのですか?」とNさんに聞かれたので、教えて頂いたバリスタさんの名前を伝え、自分が勉強中である事を伝えました。するとNさんは「彼から聞いたのですね」と笑顔で応え、その人をきっかけに色々な話をしてくれました。Nさんがさばくドリンクの数は一日平均300杯~400杯、土日は優にそれを超えるという事や、その中での動線の作り方など、私の頭の中は一気に、沢山の情報でいっぱいになったのを覚えています。

勉強と、緊張

何度かNさんのお店に再訪した後、私は同じ銀座のイタリアンバールでバリスタとして勤め始めました。始めは当然、右も左も分からない状態でしたが、当時の最短記録、僅か3週間でカウンターにサポートとして立つ事になってから、日を重ねる毎にNさんの凄さを身をもって知ります。

席数はNさんのお店の1/3程の40席+カウンター、ドリンクは多くても一日200杯程のバールでも、一人でさばくのが至難の業でした。どんどん無くなるカップやグラスも、オーダーの合間に洗って拭きながら補充し、さばいていく。バールのバンコはお客様の入れ替わりが早いので、動線を覚え、動けるようになった1年後でも、一人で全時間さばくのは不可能で、洗いを手伝ってもらったり一時的なサポートをしてもらっていました。

それをNさんは、3倍の席数のキャパで、一人でさばいている。勿論、時折グラスを拭くサポートは見かけましたが、ドリンクを作るのは一人でした。その凄さを自身も同じ仕事に就く中でより知った私は、徐々にNさんのお店から足が遠のいていきました。勝手に自分の中で出来なさが露呈し、何を話したら良いのか分からなくなったからです。Nさんとは経験値も技術も桁違うのだから当たり前、それは重々承知の上でも、同じエリアの同じ職業に居ることで不要な緊張が起きてしまったのだと思います。

再訪、そして独立

次にNさんに会いに行ったのは、数年後の事でした。私がバリスタを退職し、フレンチのレストランパティシエに就いた頃、あるバリスタさんからNさんが銀座のお店を離れ、青山方面のカフェに居ると聞いたのがきっかけです。

そのお店は20席程で、カフェスタイルでしたがカウンター席がありました。私はカウンター席に座り、マッキァートを注文します。程なくして手元にマッキァートが出され、いつ話しかけようかと思っていた矢先、「今もお店は変わらずですか?」と、Nさんから話しかけられました。

「え...、覚えていたのですか?」と聞いた私に、「私は一度見たお客さんの顔は忘れない特技がありまして。しかも、同業者ですからね」とNさんは答えました。Nさんは私の名前も、勤めていた店名も、しっかりと覚えていました。覚えてくれていたことが嬉しかった反面、どこか見透かされそうな気持になったのを、今でも覚えています。それはNさんの桁違いに接客されてきた経験値や、個性から、感覚として。2~3回訪れた後、再び私はお店に行かなくなります。

そして数年後、Nさんが独立し、自身のお店を出すという情報を聞きました。当然、開店前から話題になり、多くのバリスタや業界関係者注目の中、Nさんの想いが詰まった素敵なお店がオープンし、行った人が次々にSNSなどで話題にします。私は興味を持ちながらも何故かお店に行こうとまでには至らず、気付けばNさんのお店のオープンから6年が経っていました...。


「ひとまわり」を、どう記して行こうか悩みながら書き始めました。突発的に12年経った今だけを書くより、当時のことも抜粋した方が、何故私が改めて記そうとしたか、少しでも伝わればと思います。後編では、最後の訪問から7年以上経った私が、あるきっかけでNさんのお店に行くことになります。

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