鴉の縁

 枝にとまった鴉にレンズを向ける。ほとんど片腕で支えるレンズの重みに、腕はプルプルと震え、左目で覗くファインダーの中では小刻みに鴉の位置がずれる。久しぶりに持ち出した望遠レンズを持つには、私の腕力が足りていないようだ。
 そうして何枚か撮影していると、ふと目端に通行人が入ってきた。その人は興味深そうに私のことを見ている。その目に好奇心を輝かせそっと近寄ってきた。カメラを下ろすと、それを待っていたかのように彼は距離を詰めた。
「鴉を撮っているんですか?」
彼はそう言うと、目先にいる鴉とレンズを交互に見た。その言葉尻には"なんで鴉?”という疑問が聞こえてくる。
「え、どんな風に撮れているんですか?」
私は数枚の写真を見せてあげた。彼は興味深げに写真を見た。私がこんなにも普通に対応するには理由がある。野鳥の写真を撮っていると、知らない人に話しかけられることはよくあることなのだ。元来の八方美人な性格も合間って愛想よく受け答えしているのである。
 彼はカメラを見て、重そうと呟いた。
「持ってみます?」
望遠レンズをつけたカメラというのは得てして珍しいものだ。その気持ちがわかるためそう切り出した。彼は嬉々として持ち、レンズを鴉へ向けた。数枚撮った彼は私にカメラを返す。
「よくここで撮ってるんですか?」
「いえ、今日が初めてです」
「あ、そうなんですか?僕も今日初めてなんです」
「え、そうなんですか」
「初めて仲間ですね!これを機によかったら友達に」
「あ、いいですよー」
自分で返しておきながら随分軽い返事だったと思う。ほとんどノリと勢いだ。
それから連絡先を交換し、ついでにSNSを教えあい、その場は別れることに。
 そして、ふと冷静になる。
 連絡先を交換したことで、フルネームはわかる。しかし、それ以外に情報がないなか、危ない橋を渡っているのではないかと思ったのだ。しかし、これも一つの縁だろう。
 この縁が巡り巡ってどこかのコテコテの恋愛小説のような大恋愛になるのか、それとも一期一会、この瞬間だけの縁になるのかはわからないが、なるようになるときはなるようになるものだ。そして、同じようになるようにならない時は、なるようにならないものなのだ。
 そうして私は再び鴉を撮り始めた。


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