『掬えば手には』

瀬尾まいこさんの作品。

主人公は大学生の梨木くん。梨木くんには、人の心を読めるという能力がある。梨木くんは口の悪い店長がいるカフェでアルバイトをしている。新しくアルバイトでやってきた常磐さんに梨木くんが話しかけるが、心を開いてくれない。

家族の中では大した才能がないということになっている梨木くん。自分の得意なことが実は大したことではないと感じたとき、もしくは否定されたときに、自分が梨木くんだったらとても落ち込むだろう。梨木くんが全ての人間関係のバランスをとっているように感じた。店長の口の悪さは変わらないが、梨木くんと接していくにつれて変わっていくのがよく分かった。梨木くんのような人は、心理カウンセラーに向いていると思う。

印象に残っている文

それに、大学では人と違うほうが魅力的だと思われるようで、自分らしくいることに精を出しているやつも多かった。だけど、こういう場でのノリは重要視される。自由なはずなのに、空気を読むのは大事。

大学なんて見たことあるだけのよく知らないやつだらけだ。

↑とても共感した。

よく見ていると、学校でみんな意外なほど感情をにじませていた。いらいらしたり、不安を押し殺していたり、うれしさをこらえきれていなかったり。ちょっとしたことで嫉妬し人をうらやんで、そのくせささいなことで優越感に鼻を膨らませている。テスト前になれば「勉強なんてしてない」と言い、そんなわけないのにみんな自分もそうだとうなずく。目立っているやつと親しくしている自分をアピールし、そのくせ友達なんてどうでもいいじゃんと達観しているふうを装うこともある。ぼくらって、人にどう見られるかにこんなにもこだわっていて、それでいて隠したいその感情はこんなにも透けて見えていたのか。

「毎日同じ人と会う確率は、マウンテンゴリラが総理大臣になるのと同じらしいよ。そんなこと無意識でできるわけない」

「お前、人のことばっか気にしてるもんな。人に目を向けてばかりで、自分のことあまり見たくないって、もう訳ありあり」

会話にはタイミングがある。特にまじめな話だと、適した場所や状況、相手の気持ちの盛り上がり。いろんな要素が必要だ。だけど、タイミングなんて待っていたら、知ることができないものがたくさんある。

常盤さんの姿が見えなくなって、振り終えた手を空にかざしてみる。今日の空には星も月もない。だけど、広げた手のひらに当たるのは冷たいかぜだけじゃない。かすかに注がれる光。それをこぼさないよう、ぼくはそっと手を握った。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?