-736428のコピー

わたしは針。



 星の流れる夜、淡いランプの光の下で。

 ときには明るい太陽の日差しのもとで。 

 それはゆっくりと紡がれてきた。


 いまは12歳のシンがわたしの主だ。


「シン、そうではない。もうひと色、ここに」

「……こう?」

 シンは黄色の糸を通し、麻の生地にそっと刺した。

「そう。それでいい」

 祖母のしわだらけの手が、そっと刺繍をなぞる。
 テントの中に、外を走り回る子どもたちの笑い声が響き渡っている。

 乾ききった大地と風。


 遊牧の民である。


「シン、お前はこの紋の意味を知っているのか?」

「うん。前にお母さんに聞いたよ。
 私たちの中にいる蛇のはなしでしょ」

「そうだとも。それは女の体にだけ住まう、女の神、女神なのだよ」
 祖母はシンの顔をみて笑った。


「その蛇はとても大切なんでしょう?」

「そうとも。砂漠の蛇には毒があるし、
 気をつけなくてはいけないね。

 だが、あの動きは見たことがあるだろう?

 らせんのように、絶え間ない波のように進む、あれだ。


 私たちの中にいる蛇も、同じ動きをする。
 それが、いのちのめぐりそのものなのだよ」
 

 シンは、針をもつ手を止めない祖母の顔をのぞき込んだ。


「その蛇がわたしたちを高みに導く。そして踊らせる。
 昼も、夜もだ。

 そうしてお前は生まれた。わたしもそうして生まれたのだよ」


 シンは刺繍にふれた。

「おばあちゃん、ここの波はどういう意味?」

 祖母はそっと顔のスカーフを巻き直しながら言った。


「このうねりは、世界のはじまりだ。
 女のからだは、女だからそうなるのではない。
 蛇が宿るからだに、女が宿るのだよ。

 それがうねりをもって立ち上がるとき、
 女は踊りはじめたのだ。
 そして、男を産んだ。
 
 それが世界のはじまりだといわれているのだよ」

 シンは聞きながらも
 その黒い瞳は祖母が糸を打つ指を、必死で追いかけている。
 

「そうして女がいのちを宿すとき、
 この蛇がお前を導いてくれる。
 だから安心して委ねればよい。
 自然のままにな。

 それ以外の余計なことは何もしなくていいのだよ」

 
 シンの祖母はそうっと彼女の頬をなでた。

「わかっておるな?」

「うん。 これはお父さんにもお兄ちゃんにも内緒でしょ」

「そうだとも」

 祖母は目を細め、シンのスカーフをやさしく巻き直した。


「さぁ、もう少ししたら水を汲みにいきなさい」

「はい、おばあちゃん」

 わたしは再びシンの手の中に戻り、麻につたないひと針を刺す。


 女の民の言語は、ことばにも文字にも残されはしない。


 唯一、この刺繍が織りなす神話が
 女だけが知ることを許された、
 まことしやかな、いのちの智慧。

 男たちが、それを一生手にすることはなく、
 ましてや気づくこともない。


 世界の理(ことわり)の秘密のひとつ。

 
 それがここに紡がれるものがたりである。





〔special thanks 青剣〕

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