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苦手ではないけど好きとも言えなくて、ケーキの苺とかわいいあの娘

小さな頃から、ケーキに載っている苺が好きになれない。
苺というフルーツ自体がそうなのだけど、特にケーキに載ったり入ったりしているものが得意じゃない。

ケーキを食べるのだから、クリームのなめらかな甘さや、スポンジのきめ細かさや香りも味わいたい。でもすべて掻っさらってしまう苺の存在感が苦手だ。
それに「ケーキの苺」じゃなくて「苺のケーキ」とメインになってしまうところも好きじゃない。

こんな感情が何かに似ていると気付いたのは、同僚たちとの飲み会という名の合コンだった。


私のふたつ右隣に座る彼女が「そう」だった。
こんな場で自分たちを売り物に例えるなんて癪だけど、このテーブル一列がパティスリーのショーケースだとしたら、きっと彼女がショートケーキだと思った。

別に、苺のタルトとかムースでもいい。とにかく赤くてみずみずしくて甘い香りがしそうな、ぴかぴかの苺が載ったケーキだ。
清楚で定番。だけど華がある。そういう人に、私は苺の匂いを感じる。実際に香るのがサボンの香りでも、それは関係ない。

くるんと上がった睫毛、瞼は細かいラメを散りばめたキャラメル色のグラデーション、肩より少し長い、焦げ茶の髪はゆるいミックス巻き。
ピンクベージュのネイルとリップが、似合うなとも思わせないほどに馴染んで、食事がしやすいよう束ねた髪はリボンのバレッタで留まっている。その耳元では、華奢なゴールドのチェーンの先でサーモンピンクの花びらが揺れた。

たぶん学生時代の髪型は黒髪ロングで、アレンジは清楚なハーフアップかポニーテールが定番。
大学時代はレース襟かリボンタイ付きのブラウスに少し膝上丈のスカート、フェイクレザーの小さめのバッグを持って、ピンクの7cmヒールパンプスを鳴らして私大のキャンパスを歩いていた。
もしアイドルならきっとセンターで、魔法少女もののアニメでもきっとピンクの主人公。学生時代のクラス文集での紹介は「ザ・女の子」とか「女の子代表」みたいなキャッチフレーズがついている。
というところまで想像したのは、彼女を見て0.7秒後。そんな苺のケーキみたいな、同僚の別部署の友人。


きっと乾杯して話し出してしまえば、誰もが彼女を選ぶわけではない。
この歳にもなれば、好きな異性のタイプや求める条件はある程度固定化してくるし、どこ目線なのかはさておき『専業主婦願望ありそうな、いかにも良妻賢母って感じの子より、自立心のある娘がいいんだよね』なんて言い出す人もまあいる。
それに、竹を割ったような気持ちのいい性格の同僚も、話題の引き出しの豊富さが持ち味の後輩も、別部署の中途入社同期の会話にみえる細やかな気遣いも、同僚の前部署の先輩が持っているであろう大人の包容力も、それぞれ話してみたら良さは分かる。

でも、そんな背景はまだ何もわからない。座って男性たちと向き合っているだけの今、ぱっと目を引くのは間違いなく苺が香る彼女だ。
僻みや被害妄想でもなんでもなく、四半世紀も女として生きてきたら、致命的に鈍感でもない限りそんなことは分かる。

彼女がそのルックスでそのファッションであることに、何の落ち度もない。あるわけがない。彼女を何も知らないのに嫌いだとも言わない。男性の目を気にしてファッションを考えている人ばかりではないことなんて、もうとうに知っている。
全部ぜんぶもう理解して、自分だって自分が好きで似合うものは何かもちゃんと分かっている。けど、それでも、ああこんな女の子になれたら良かったなと思う。

彼女と同じように、リボンや花やピンクを一番好きでいられて、何かを選ぶ時に自然と手に取れて、それが似合えばどんな人生だっただろう。そう思うこれは、もう劣等感なのか憧れなのか分からない。


なりたいわけではない彼女。食べたいわけではない苺のケーキ。でも、目が惹かれて見てしまう。
20年以上生きてきて、自分で稼ぐようになって数年経って、私たちはもういろんなケーキの味を知っている。

ショートケーキも、どの店でもいつも一番人気だとか美味しいというわけではない。チーズケーキのシンプルな美味しさもモンブランのまろやかさも、オペラの上品な甘さも抹茶ムースのほろ苦さも優劣はなくて、どのお店でどのケーキが一番人気かなんてそれぞれだろう。

でも、やっぱり「ケーキ」と言ったら、なんとなく脳裏によぎるのはたぶん苺が載ったショートケーキだ。
「20代女性」と言われて、なんとなく多くの人が想像するのはきっと彼女のような人だ。


ケーキショップを代表する苺のケーキみたいな、20代キラキラ女子のパブリックイメージを具現化したみたいな彼女。
ああ、彼女が今から何を頼んだって、たぶん勝手にストーリーが補完できる。甘いカクテルならイメージの補強のダメ押し。親近感の湧く生やチューハイなら親近感。ワインなら意外な大人のギャップ。まさかの日本酒ならミステリアスさ。
まさに、何を組み合わせても、新しさはありつつ王道からはブレない苺のケーキ。

『最初の一杯、皆さん何にしますか?生縛りじゃないんで、本当に好きなの選んでくださいね』
彼女は幹事の彼に、どんな声でなんと答えるだろう。


何かを感じていただけたなら嬉しいです。おいしいコーヒーをいただきながら、また張り切って記事を書くなどしたいです。