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繊維業界の現状と課題、そして未来への展望

近年、繊維業界は大きな転換期を迎えています。かつては日本の基幹産業として栄華を極めた繊維業界ですが、グローバル化の進展や消費者ニーズの多様化、環境問題への意識の高まりなど、さまざまな要因によって厳しい状況に直面しています。

本記事では、繊維業界の現状と課題を詳しく分析し、企業が取り組むべき対策について解説するとともに、今後の展望について考察していきます。

繊維業界の現状

まず、繊維業界の現状について、以下の観点から見ていきましょう。

市場規模と成長率

1990年代以降、衣料品等の国内市場規模は縮小傾向にありましたが、2000年代以降は概ね横ばいの状況が続いていました。しかし、2020年以降は新型コロナウイルスの感染拡大の影響を大きく受け、再び減少傾向に転じています。2019年には11.0兆円だった市場規模が、2021年には8.7兆円まで縮小しており、コロナ禍による外出自粛や消費行動の変化が市場に大きな影響を与えたことが分かります。一方で、世界全体の繊維産業の市場は拡大傾向にあります。

主要企業と競争環境

国内の繊維業界では、三菱ケミカルや東レなど、総合化学メーカーが大きなシェアを占めています。中小企業も多く存在し、それぞれが独自の技術やノウハウを活かして競争を繰り広げています。
近年では、中国や東南アジアなどの新興国からの低価格製品の流入するなど海外企業との競争が激化しており、大きな課題となっています。

技術動向とイノベーション

繊維業界では、高機能繊維やスマートテキスタイルなど、新たな技術開発が積極的に進められています。これらの技術は、衣料品だけでなく、医療、ヘルスケアや自動車、航空機、さらには軍事防衛など、さまざまな分野への応用が期待されています。

消費者トレンドと需要の変化

少子高齢化の進行により、国内繊維市場は年々縮小を続けています。消費者の低価格志向が強まる一方で、高品質・高機能な製品や、環境に配慮した製品への需要も高まっています。また、ファッションの多様化や個性化が進み、消費者のニーズはますます複雑化しています。

法規制と政策動向

環境問題への関心の高まりを受け、繊維業界では、環境負荷を低減するための規制や政策が強化されています。例えば、経済産業省は、国内繊維産業の競争力強化に向けた支援策を打ち出しており、具体的には、サステナビリティやデジタル化への対応を支援しています。 また、革新的な企業を選出する「繊維産業企業100選」なども行っています。

繊維業界の抱える課題

原材料価格の高騰

原油価格や綿花価格などの高騰は、繊維製品の製造コストを押し上げ、企業の収益を圧迫しています。

人手不足と後継者不足

繊維業界では、高齢化や若者の繊維業界離れが進み、人手不足が深刻化しています。繊維工業における就業者の⼈口構成は、過去20年において、65歳以上の就業者数は同規模ですが、15~39歳以下は半分程度に減少しています。特に、地方の繊維産地では後継者不足が深刻で、廃業に追い込まれる企業も少なくありません。
繊維業界の平均年収は581万円と、全業界平均よりも高い水準です。しかし、繊維工業の給与額は、全産業及び製造業と比較すると、25%以上少ない状態が継続しています。賃金が低いこと、潜在的な成長性が期待できないことなどが、若年層の繊維業界離れに繋がっていると考えられます。

海外との競争激化

中国や東南アジアなどの新興国からの低価格製品の流入により、国内企業は価格競争力を失いつつあります。98.2%の衣料品が海外で生産されているというデータもあります。

環境問題とサステナビリティ

繊維の製造過程で排出されるCO2や廃水、繊維製品の廃棄による環境負荷などが問題視されています。アパレル分野を例に挙げると、2020年は衣類の国内新規供給量81.9万トンに対し、廃棄量は51.2万トンに上ると推計されています。また、衣類原材料の調達から廃棄までの過程では9,500万トンのCO2が排出されているなど、環境への負荷の大きさが分かります。消費者からの環境意識の高まりを受け、企業にはサステナビリティへの対応が求められています。

消費者の低価格志向

ファストファッションの台頭などにより、消費者の低価格志向が強まっています。国内企業は、低価格製品との差別化を図る必要があります。

デジタル化への対応

ECの普及や消費者ニーズの多様化に対応するため、デジタル技術を活用した生産・販売体制の構築が求められています。

旧態依然とした生産・流通構造

繊維産業全体の大きな問題点として、旧態依然とした生産・流通構造が挙げられます。例えば、衣料品は、1年以上も前から売れ筋商品を見込んで生産し、シーズンが来ると売り込むという、実需に基づかない「見込み生産」が主流です。しかし、売れ残れば返品となり、在庫を抱えることになります。

繊維業界の各社が取り組んでいる新規事業・新規製品

厳しい状況下にある繊維業界ですが、各社は新たな事業や製品の開発に積極的に取り組んでいます。

旭化成

創業以来、再生セルロース繊維「ベンベルグ®」など、人々の「衣」を支える事業を展開してきた旭化成は、コア技術である化学の力で社会課題の解決を目指しています。近年では、環境負荷低減に貢献するリサイクル繊維や、医療分野で活用される人工血管などの開発にも力を入れています。

帝人フロンティア

帝人フロンティアは、超極細繊維「ナノフロント®」を開発し、スポーツウェアや医療用素材など、幅広い分野で展開しています。最近では、モーションセンシング技術と組み合わせたウエアラブルソリューションを開発し、健康管理やリハビリなど、新たな分野への進出も図っています。

東レ
東レは、炭素繊維複合材料や高機能フィルムなど、独自の素材技術を強みとしています。 航空機向け炭素繊維複合材料では、ボーイング787型機に採用されるなど、世界トップクラスのシェアを誇ります。近年では、水処理膜や燃料電池などの環境・エネルギー分野にも注力しています。

三菱ケミカル
三菱ケミカルは、合成繊維や樹脂などの幅広い製品を製造・販売しています。近年では、植物由来の原料を使用したバイオプラスチックの開発に力を入れており、環境負荷の低減に貢献しています。また、医療分野では、人工関節や血液浄化膜などの開発にも取り組んでいます。

 

繊維業界の今後の展開

繊維業界の今後の展開について、以下の点が予想されます。

市場規模と成長予測

世界市場は拡大傾向にありますが、国内市場は縮小傾向が続くと予想されます。国内市場の縮小・横ばいが続く一方で、海外市場は拡大していくことが見込まれているため、海外市場を目指していくことが重要です。特に、目覚ましい経済発展を続けている東南アジアをはじめ、アジア市場は、今後も拡大が見込まれており、アパレル企業等の販路拡大の可能性も広がっています。輸出動向においては、「生地の輸出額」は減少しているものの、「衣料品の輸出額」は1990年の405億円から、2021年の546億円と増加しています。

技術革新と新たなビジネスモデル

スマートテキスタイルやバイオ技術などを活用した高機能・高付加価値製品の開発が加速していくと思われます。経済産業省は「繊維技術ロードマップ」を策定し、スマートテキスタイルや無水型染色加工、繊維リサイクル技術など、次世代技術の開発を産学官連携で進めています。また、デジタル技術を活用した新たなビジネスモデルの創出も期待されます。
デジタル化が急速に広まる中で、繊維産業としても対応が求められます。生産面においては、就業者が減少している中、限られた人材の中で生産性を高めていく必要があります。そのため、デジタル技術を活用した生産工程管理、情報のやり取り・共有などを進めていく必要があります。販売面においては、店舗の在り方を見直し、オンライン消費における利便性を高めるなどの追求をしていく必要があります。デジタル技術を持つ企業や他分野の企業との連携機会を提供する「ファッション・ビジネス・フォーラム」の開催なども、新たなビジネスモデルや技術の活用促進に繋がると期待されています。

消費者トレンドと需要の変化

環境意識の高まりや健康志向を背景に、サステナブルな製品や健康に配慮した製品への需要が高まると予想されます。企業は、これらのニーズを捉えた製品開発が求められます。

法規制と政策動向

環境規制の強化やサステナビリティに関する政策の導入が進んでいくでしょう。企業は、これらの規制や政策に対応していく必要があります。
今後の繊維産業政策は、「戦略分野」と「横断分野」の2つに重点を置いて進められていきます。「戦略分野」は、新市場開拓のための分野であり、「横断分野」は、サステナビリティやデジタル化などビジネスの前提となる分野です。また、取引適正化、環境配慮、責任あるサプライチェーン管理等を進めるために、産業全体として取り組みを進めていく必要があります。加えて、人口減少と高齢化が進む中で、労働力不足に対応するための自動化技術の導入は必須であり、補助金を活用したデジタル化投資が推奨されています。国内各地の伝統的な繊維産地が互いに協力することで、技術継承と地域活性化を図る「産地連携」も重要な施策とされています。 

まとめ

繊維業界は、国内市場の縮小や海外との競争激化など、多くの課題に直面しています。しかし、一方で、高機能繊維やスマートテキスタイルなど、新たな技術開発も進んでいます。
企業は、これらの技術革新を積極的に活用し、高付加価値製品の開発や海外市場への進出など、新たな収益源を確保することで、持続的な成長を遂げることが可能になります。
具体的には、以下のような取り組みが重要になります。

●       イノベーションの推進: 高機能繊維やスマートテキスタイルなど、新たな技術開発に積極的に投資し、高付加価値製品を創出する。

●       サステナビリティへの対応: 環境負荷を低減する素材や製造方法を導入し、環境に配慮した製品を提供することで、消費者の信頼を獲得する。

●       デジタル化への対応: デジタル技術を活用した生産・販売体制を構築し、効率化や顧客満足度向上を図る。