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台湾に習う、屋台とまちづくり。台湾夜市を研究する三文字昌也さんに聞きました。

 都市デザインは必ずしも都市デザイナーや専門家だけのものではなく、そこに住んでいる小学生だってお年寄りだって関われるものなんです。
 例えばその辺にあるコンクリートブロックを3つ積んだら座れるね、とかそういう次元から始まるデザインもあるはず。街を変えるというのは、みんなが同じ方向を向いて、商店街はシャッターが閉まってるより開いてる方がいいよね、と思って動くこと。僕らがそのお手伝いをするとき、こういう方向性がいいんじゃないかと示す一つの例が屋台です。

 僕が研究する台湾の屋台には、街は自分たちで変えるものだという台湾人の発想が見え隠れします。法律とルールを厳格に守るというより、いい意味でそこはおおらか。そのマインドセットが日本でも広がれば、もうちょっと面白い街づくりができるんじゃないかと思います。

日常に溶け込む台湾の夜市。夕飯をここですませる人も

台湾で露店が残ったワケ

 台湾では、新しくできた道路やロータリーに露店がわっと集まる事例が100年前から見られます。日本だとそういうところに露店が出たらどんどん排除されてきましたが、台湾の場合は政府も黙認していた部分もありました。露天商が自主的に管理する中で露店組合が作られ、行政が何か言えば戦ってきたわけです。自分たちのなりわいを守るために折衝を重ね、それが今に至るまで続いている。だから実は、最近まで違法だった露店も多かったりします。

 今日まで露店がなくならなかった理由の一つに、中国国民党の台湾移転に伴う人口流入が挙げられそうです。戦後、大陸から来た人の受け皿となった露店を排除すると彼らの食いぶちがなくなるし、ひいては政党の支持基盤を失ってしまうことになる。このような台湾ならではの複雑な歴史も影響しているのではないでしょうか。

にぎわいを生む装置

 僕たちが今計画しているのは、寺の境内に週1回、謎の輪投げ屋などの屋台を開くこと。バカみたいなことでも、そういうことが実は都市デザインにつながるんじゃないか、と。

 友達は世田谷区桜新町の神社の境内で、気まぐれで飲み屋の屋台をやっています。別に屋台を出すことそのものが目的ではないんです。人々が道の上とか、外から見えるところに集まって、ワイワイしている。すると、街が面白くなるんじゃないかって思う人が増えていく。
 そういうのがどんどん増えると楽しい街になると思うので、それを作り出すための仕掛けとして、屋台を位置付けたいんです。

三文字さんの友人の吉池拓磨さんが不定期に開く屋台。神社の境内に昭和感たっぷりの「もちより屋台」が現れる。

計画しすぎず余白を残す

 台湾の屋台を見ていると、飲食だけじゃなく、ゲーム、ネイル、散髪、産毛取りと生活に必要なものが揃っています。それらは、何も室内である必要がない。日本のように、何でもかんでも室内に収容して、モールにしていくっていう発想は実は正しくないんじゃないか。

ゲームの屋台。単純なルールだからこそ誰でも気軽に遊べる

 再開発が正しい未来の都市づくりであり、コンクリートの綺麗なショッピングセンターが建つことが経済発展と対応しているとされた頃はそれでよかったのかもしれませんが、すでにそういった価値観は過去のものであると感じます。

 都市デザインは、計画しきるものでなく、計画しきらない余白をどのくらい残すかが重要でしょう。いろいろな人が街のことを自分ごととして考えて、時にはせめぎ合いながら空間をつくっていく。そういうことになればもっと面白いことができると思います。

話:三文字昌也さん(さんもんじ・まさや)
夜市・銭湯・商店・古民家などをキーワードに活動する都市デザイナー。合同会社流動商店代表。台湾の都市生活施設と都市計画、台湾夜市を研究する。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻。

写真提供=三文字昌也


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