【掌握小説】本能
前にだしたのがしっくりこなかったので書き直しました。
うんと小さい頃に、虫かごの中にカマキリと紋白蝶を入れたことがある。しばらくして虫かごを覗いてみると紋白蝶はいなくなっていた。
「どこかに面白いことないかな」ミサトはごろんとベッドに転がった。近頃気づくとこの言葉ばかりが口をついてでる。端からみればミサトはかなり恵まれた女子高生であるだろう。それなりの学校に通っていて、優しい彼氏がいて、家は金持ちときている。これ以上何をもとめるというのか。それでもなんだろう。圧倒的に満たされないものをミサトは抱えていた。それは自分の生存理由を探すというような崇高なものではなく、ただなにか暇を潰せるものが欲しいというようなとるに足らないありふれた願いではあったが。
震えるような喜びは苦悩と引き換えにしか得られないものなのだろうかなどと傲慢なことを考えていたら、ドアをノックする音がきこえた。弟のタダシだった。
「ねぇーちゃん。玄関先にお客さんがきてるよ。クラスメートのアヤコって人」
アヤコ。アヤコってあのアヤコ?クラス中からいじめにあって保健室登校をしているあのアヤコ?そんな女が私に何のようだろう。というかどうして家を訪ねてくるのだろう。
昔紋白蝶を殺してしまったことがある。幼いながらの無知が引き起こした悲劇だった。想像してみる。かごのなかで紋白蝶が味わわされた膨大なストレスと絶望を。
アヤコが訪ねてきた理由は本人にきくまで分からないが、大体の察しはつく。クラスのなかでもヒエラルキーの上位に位置する私に味方になって欲しいと申し出るつもりなのだろう。その勇気は買おう。でも私はいらぬお節介を焼いて我が身を危うくさせるほど優しい心根を持ち合わせた人間ではなかった。
いかにも善人といった顔つきでいる私は、直接的にいじめに関与している人間たちよりもよほどたちが悪いのかもしれない。でも正直なところ、弱く無垢なものが傷つけられている姿にはほの暗い快感を持たずに入られなかった。
「今いくよ」私は大声で返事をした。
部屋のカーテンだけがひらひらと揺れていた。
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