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【特別鼎談】博士後期課程から社会へ ―三者の歩んだ軌跡― Part 2 #博士の選択

※記事の内容は「博士の選択」掲載当時(2017年)のものです。

学生時代を共に過ごした「博士後期課程」出身の三人が集い、自身のキャリアについて語り合った。ビジネス・アカデミック・アート、それぞれの道に進んだ三人は何を語ったのだろうか。全4回連載。

石渡晋太郎氏のプロフィール:東京大学准教授(物理工学)、科学技術振興機構さきがけ研究者兼任。1975年生まれ 東京都出身。京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了。早大理工学部、プリンストン大、科学技術振興機構ERATO、理化学研究所を経て現職。平成26 年度文部科学大臣表彰若手科学者賞。
大野裕之氏のプロフィール:脚本家・日本チャップリン協会会長。1974年生まれ 大阪府出身。京都大学総合人間学部、同大学院博士課程(満期退学)。製作・脚本の映画『太秦ライムライト』でファンタジア国際映画祭最優秀賞。著書 『チャップリンとヒトラー』(岩波書店)で第37回サントリー学芸賞。
林信長のプロフィール:株式会社アカリク 代表取締役社長。1975年生まれ 東京都出身。京都大学理学部・総合人間学部、同人間環境学研究科博士課程(満期退学)。2002年にWEB制作会社を起業した後、2006年に大学院生の就職支援を事業として立ち上げ現職。

林信長(以下、林):学生時代を振り返って、キャリア選択をした瞬間やきっかけはあった?

石渡晋太郎氏(以下、石渡):修士課程2回生の12月くらいに博士進学の話を先生とした時の焦燥感が最大のターニングポイントでした。学部時代は全然勉強していなくて、修士課程も本当は物理系の研究室に行きたかったけど成績が足りなくて、なんとか行ける中で一番物理に近い研究室に滑り込んだんです。

第二希望の研究室でしたし、「本当は物理の理論がやりたかったはずなのになぁ」とずっと悩んでいました。研究者になりたいという思いは変わらずあったけど、何を専門にするか悩んで、研究のモチベーションも上がらず、実験もあまりしていませんでした。

そんな折、修士2年の12月くらいに博士進学の話を先生にしたら、「企業への就職もいいぞ」とキッパリ言 われてしまって。そこで一気におしりに火がつきましたね。やっぱり僕がやりたいのは研究なんだと強く認識し、この日を境に、研究室に泊まりこんで猛烈に実 験するようになりました。新しいデータがたくさん出てくるようになると、やっぱり研究が楽しくて、のめり込みましたね。主体的に実験を進められるように なったお陰で、博士課程ではさらに研究意欲が増して、指導教官とのコミュニケーションもうまく回るようになった。自分で合成した新物質の物性データを見る のが楽しくて、夜中の自動測定でも装置のモニターに張り付いていました。そのデータを先生に見せて議論をすることも楽しかったですね。

だけどその後は、どういう専門に進むかはかっちり決めずに、少しふわふわした状態に。ポスドクも5、6年やっていて、理研、早稲田大学、産総研と、任期付きのポストを7年くらい渡り歩きました。

:34、5歳くらいまで任期付きだったということは、不安もあった?

石渡:全く不安がなかったと言えば嘘になりますが、将来に関してはわりと楽観的でしたね。最近は助教もほとんど 任期付きですし、30代後半で任期付きというのは今では珍しくありません。准教授や教授でも任期付きポストへの移行が進みつつある状況なので、今後は任期 付きのまま定年を迎える研究者も少なくないと思います。ポスドクというと少しネガティブな印象を受けるかもしれませんが、待遇は助教並みかそれ以上という こともあるんですよ。

僕は任期付きポスト期間に指導の先生が変わることで、それぞれの研究スタイルや専門性を吸収して自分独自 のスタイルを確立できたという点で、ポスドク期間が長かったことは良かったと思っています。流れに任せて、自分の長所を活かせるように少しずつ軌道修正し て、今のポジションが確立した感じです。基軸を持つことは大切ですが、ポスドクの早い時点で専門性を固定してしまうのも戦略性に欠けると思います。

ただし、毎回在籍期間内に成果を出さないといけないので、必死に実験をしていました。「この分野にこだ わっていると次がないかもしれない」という危機感は何度も感じたけど、食いっぱぐれるとは全く思っていなかった。専門を少しズラせば何処かへは行けると 思っていましたから。

:ある程度専門範囲を広くしておいたのが後から考えると良かったわけね?

石渡:そうですね。あとは「物がつくれる」という軸足があったのが良かったですね。最近は研究予算がどんどん大 型化していて、そういう大きなお金は先端計測系のグループに流れやすくなっている。新しい物質がなければ測定するものも減って、最終的には物性物理学の研 究業界全体が停滞してしまう。新物質開拓ってゴールが見えにくいからそこに大型予算を付けるのは難しいというのが現実なんです。

その結果、基礎的な意味での物質合成をする研究グループが減少していて、私のように物作りに軸足をおいた物性研究者は少なくなってきたというわけです。

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:シンタ(石渡氏)は昔から何か作るのが好きで器用だったからね。細かい作業が好きだった。

石渡:クリエイティブなことが好きという点では僕とノブ(林氏)は共通していたよね。確かにノブは僕と違って、細かいことはいいから早くゴールを目指そうという感じだったな。

:初めてパーマネントのポストについたのはいつだった?

石渡:35歳の時(2010年)に5年の任期つきで東京大学の特任准教授になって、最終的にパーマネントになったのは実は最近で37歳(2012年)の時です。

普通は博士号を取ったあと、ポスドク、助教、講師、准教授になっていくというコースなのですが、僕は助教 をやっていない。それが良かったのか悪かったのかは今でも分かりません。助教になると教育経験が積めるし〇〇研の助教として存在感を示せるけど、運が悪い と研究よりも雑用の負担が大きくなって、ずっとそこに留まってしまうこともあるから。どの立場であれ自分のビジョンはしっかり持って、キャリア選択をしな ければいけないと思いますね。

:それにしても東大の物理工学専攻といえばスターだよね、人気もあるし。准教授だから学生の面倒も見なくちゃいけない。明らかに自分が学生のときより、優秀な学生が来るでしょう。知ってるふりしてるんじゃないの?大変じゃない?(笑)

石渡:ほんとに優秀な学生ばかりなので最近はむしろ僕がわからないことを学生に聞いていますね(笑)。あるいは 知っていることでも知らないふりをしている方が、学生の研究へのモチベーションが増すということもあります。難しいのは、勉強の出来る優等生への指導です ね。彼らは勉強と研究を混同してしまいがちなので。知識が豊富なせいか、新奇性の高い研究には後ろ向きになってしまうようです。「今の研究テーマをデータ ベースで検索したら、ほとんどヒットしませんでした」と不安そうに訴えてくることも。ほとんどジョークのような話なのですが、本人は至って真剣。先人達が 切り開いた道をなぞるのが「勉強」で、新しい道を切り開くのが「研究」だと言ってもすぐにはピンときてくれない。

:勉強出来るからといって先生になれるわけではないってことだよね。研究者として優秀なのは、勉強が出来る とか知識がたくさんあるのとは全く別の話。知らない知識は補えばいいわけで。自分の強みを、自分の限られた時間で自分の能力のどこに合わせて集中させる か、それを選択出来るやつが強いんだよね。

大野裕之氏(以下、大野):そうですね、そして自分の強みは二つ以上あると良いと思いますね。

:いくつかないとダメだよね。大野君のキャリア選択のポイントはどうだった?

大野:僕は、ある一つのポイントがあるわけではなくて、今も毎日が選択ポイントみたいなものです。もともと貧乏な家庭に生まれて、周りに文化や芸術に興味がある人はいなかったのですが、そのことで逆に好 奇心が芽生えました。小学校4年のときに、チャップリンの『独裁者』をTVで観た時の衝撃は忘れられません。「チャップリンは有名な人やし」と純粋な好奇 心で見たのですが、「これはすごい映画だ!」と。世の中に、笑わせる映画、泣かせる映画、社会性を持つ映画はありますが、その3つ全てを兼ね備えた作品。 ここまで人を本当に感動させて、これだけのインパクトがあるものがあるのかと子供心に思った。間違いなくこれが原点ですね。

僕は一年浪人したのですが、その浪人時代にバイトしてイギリスを旅しました。ロンドンだけで57個も大劇場があってミュージカルをやっていて、それも好奇心で話の種にミュージカルを観ておこうと思ったら見事にハマってしまった。

大学入学後はチャップリン研究と並行してミュージカル劇団での実践活動を行って、自主ゼミでは現代思想の読書会に参加しました。好奇心が全ての原点になるんだよ、ということを僕は皆さんに強く伝えたいですね。

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大野:次のターニングポイントは、修士課程に進んだときに指導教官から、「修士論文にチャップリンは書くな」と 言われたことかな。チャップリンはあまりに有名な存在だから、すごい資料を見つけない限りやめろと言われたので、それならすごい資料を見つけてやろうと 思ってロンドンに行きました。

チャップリンは歩くだけのシーンを20回くらいやり直すくらいの完璧主義者で、大量の没テイクが秘蔵され ていたんです。英国映画協会に半年間交渉してそれを見せてもらえることになった。全部見たのは世界で二人目だったので、当然先生も見ていない。そのまま博 士課程に進んで突き詰めようと思いました。

その次のポイントは、ちょうど博士課程を出て非常勤講師をしていた時に、映画会社から「30年ぶりに チャップリンのロードショーをやるにあたり、ある大御所先生が劇場パンフレットを書いたけど、万が一間違いがあってはいけないから、校正してください」と 依頼があった。すると最初の5ページで85箇所も間違いがあって(笑)。間違いを指摘したら、「じゃあ、大野君が書いて」となって、それが僕のデビューで した。チャップリンのことを好きな人はたくさんいるし、まさかそれが職業になるとは思いもいませんでした。ただ好きなことをしてきただけですから。本当に 幸運だったと感謝しています。

:大野君は去年の著書『チャップリンとヒトラー』(岩波書店)でサントリー学芸賞という立派な賞を取ってるんだよね。在野・アカデミーを問わず広く優秀な作家に与えられる賞だから、僕も周囲もびっくりしたよ(笑)。

大野:ところで、林君のキャリア選択は、また僕ら二人とは違っているでしょう?

:僕はとにかく飽き性なんですよ。嫌なことはやらない、最初は良くても辞めたいと思ったら辞める。積極的にキャリア選択をしたというよりは、今やっていることを辞めたいから、次にやりたいことを考えよう、とやってきました。

昔から一つのことを深掘りするタイプではなかったんです。他の二人とは違って、大学に残って何かを極める ということには向いていない。さっと見て7割わかるけど、残りの3割を知りたいと思えない。知るための手がかりというか住所がわかればそれで良い。それよ りもむしろ大きく地図を広げて、俯瞰して地上の人が気づかない大きな関係性を見ながら、複数のことをマルチタスクでやりたいと思っているんです。いろんな 知識を蓄え、人脈を作りながら、この先何十年かはなんとかなるかなって感じで。楽観的なんですよね。

「これをやろう!」というものは特になくて。この会社も頑張っているけど、もっと上手く出来る人がいれば その人に渡そうと思っていますし。その意味では、未だに学生時代の気分と変わっていません。変な言い方だけど、責任を負わずに、キャリアを積みたいんで す。人に面倒もかけたくないし、人の面倒を見たくないので、社員にも僕には期待しないようにといつも言っています。「セルフ・レスポンシビリティ」とはそういうこと。それが僕が一番大切にしていることです。

*本インタビューの内容はあくまで個人の見解です。

(「博士の選択」記事より転載)


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アカリクが2016年から2018年にかけて展開していたオウンドメディア「博士の選択」の記事の一部を転載しています。

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