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人生に飽きた?つまらないならレールから外れる生き方をしよう

20代で経済的自由な生活ができるようになった。

サラリーマンとして働いた会社辞め、20代でサイドFIREとして「やりたいこと」を仕事にした結果、30代で仕事をしなくても生きていける資産を築くことができた。

ただ、自由を求めすぎた結果、「末人」のような退屈な生活になってしまった。

現状を打破するために新しいことをする。試行錯誤する過程をお届けするnote。

今回は『レールからドロップアウトした』話。


【報告】本になりました

『20代で資産 1億円となりFIREできるまでになった表と裏側の赤裸々な話』が本になりました。

経済的自由な生活に憧れたものの、実際にやってみると幸福度は高くありませんでした。

ブログ、X、note、メルマガサロンへ寄せられた質問をベースに、経済的自由になった現実と後悔の体験談をまとめています。

Amazonで発売中。Kindle Unlimited なら無料で読めます。

▼ 「経済的自由 FIREのその後の現実と後悔」


どこの会社に行っても無理
社会人というレールが嫌だ
サラリーマン生活は無理
人生に飽きた

と嘆く人も多い。かつて僕自身も正直、ありふれた人生に飽きていた。

結局、人生は出来レースで、学歴や身分でしか評価されないものだと感じていた。

端的に言えば、記憶力の良い遺伝子を持つ子が王道レールを通ることができ、エリートと呼ばれる。

学歴が全てで、要するにテストの点数で優劣が決められる世界。

端的に表現すれば、日本トップの大学の肩書きを持てば、誰もが憧れるような有名な会社に勤めることができる。医師免許を持てば、一生安泰を保証され、先生として敬われるような社会的地位を獲得することができる。

だからこそ、小さい頃の僕は、テストの点数がなければ何もできないとも思ったが、同時におもしろくなさすぎて王道のレールからドロップアウトした。

■ 人は肩書きにしか興味ない

現代人の9割は「肩書き」で判断される。その人自身の内面を見るとよりも社会的地位のある職や勤めている企業、身分や身に付けているブランド品などで即座に判断される。

例えば、自己紹介では自分の名前や性格という中身を話すよりも、勤めている会社やわかりやすい肩書を名乗る方が反応がいい。

何もわからないけど有名企業に勤めていれば、なぜかその人が凄いと思い込めるし、社会的地位や国家資格が必要な職に就いていれば、自分よりも上の人だと感じてしまう。

いわゆる社会心理学でいう「ステータスバイアス」と表現されるように、人々が他者の能力や価値を肩書きや社会的地位、外見などの外的要因で判断される。

結局、有名大学、名のある企業、難関国家資格など王道と呼ばれる肩書きがあれば社会的地位が得られる世の中だ。小さい頃は、そんな世の中に疑問しかなかったが、何も出来なかった。だからこそ、王道を外れて邪道を選んだ。

■ 王道の肩書きがなければ何をすればいいのか?


社会人になれば、より強い肩書きを集めるほどいい。ただ邪道を行くのなら、自ら道を作るしかない。


結局のところ、王道のレールを通ったからといって幸福になるとは限らない。そもそも、わざわざ王道を目指す必要はないのだ。肩書きは人を即座に判断できる基準材料だから仕方がないが、世の中は、学歴や職業が全てだと勘違いさせてくるが、本質は違う。

だからこそ、あえてレールから外れた人生を模索するのもいい。結局のところ、勝ち筋が見えない出来レースに参加して疲弊する人生はもったいない。

むしろ、既存のレールから外れた人生を探ってみるのも面白い。誰もが知っている勝ち筋を追いかけて疲れ果てるより、自分なりの道を見つける方が充実した人生になる。

だからこそ、自分自身で開拓するのがいい。好きな場所に移動して好きなように生きればいいのだ。ちょっと家を出てふらっと散歩をする感覚で「移動」すればいい。

大きなことは考えず、レールを外れる人生を楽しむマインドセットをすればいいのである。僕もレールを外れた結果、経済的自由という道を移動して今に至る。

■ 移動や旅行が新しいアイデアや視点を得る機会になる


結局のところ、人は人によってやりたいことや成し遂げたいことが違う。

やりたいことがない人もいるし、成し遂げたいことさえ感じない人もいる。だからこそ移動することをお勧めする。今日食べたいものがあればコンビニに行けばいいし、服があれば買いに行けばいい。

一歩でも移動することで、見えてくる世界が変わってくる。日本から一歩でも出れば、世の中のルールは変わってくる。そもそもレールさえなかったりする。散歩する感覚で一歩でも移動することによって、人生はちょっとずつ変化していく。

僕自身サラリーマンとして働くことが無理だと思ったからこそ、働く場所を移動した。

もっと言えば、転職しても意味ないと感じたため、自分で仕事をするために副業を調べた。もちろん一人で仕事をすることなんて全くできないと感じたのだから、まずはどうしたら一歩目が踏み出せるのかを考えた。

最初の行動をするために、本屋に行って立ち読みをしたり、世の中で流行っていることをテレビで情報収集したり、ネットを使って副業の方法を調べた。結局のところやってみないことには自分の適性が合うかどうかがわからないので、片っ端からやってみた。働く場所を移動したことによって結果として今がある。

サイドFIREをして、海外を放浪して、経済的自由な生活ができたのも「移動」したことがきっかけだ。

結局移動することが新しいことを始めるアイディアや視点を得る機会となる。だからこそ、人は移動しなければならないのだと常々思う。

■ 生存本能が移動させる

なぜ人は旅行するのか。つまり、どうしてわざわざ自分のお金や時間を使って「移動」をするのだろう。正直、旅行しなくてもよければそれが一番コスパはいいはずだ。

実はこの移動をする理由は、人類の歴史と密接に関連している。人類は「移動すること」で生き延びてきた。移動を通して、新しい地を開拓し、未知の世界と向き合い、成長を遂げてきた。旅をする理由は多様だが、その根底には「好奇心」という普遍的な衝動がある。新しいものを見たい、知りたいという欲望が、僕たちを常に前へと押し進めてきた。

例えば、次世代シークエンスゲノム解析によって、ホモ・サピエンスは30万年前にアフリカで誕生し、約6万年前にはその祖先たちが地球全域へと大移動を開始したことが明らかになっている。食料や安全、新たな生活の場を求めるという本能的な動機が、移動の原動力だった。

現代に生きる僕たちも、昔の祖先たちと同じ本能を抱いている。旅行という形で新しい場所を訪れるとき、人は内なる探求心に従って行動している。

■ かつての大航海時代

15世紀から17世紀の大航海時代には、ヨーロッパ人が新天地を求めて海を越えた。スペインのポルトガルのインド航路や新大陸到達などによって、世界の一体化が進んだ。

コロンブスは1492年10月12日にヨーロッパから大洋を横断し、アメリカ大陸周辺の島であるサン・サルバドル島に到達した。当初、インドへの航路を見つけようと西へ航海したのだが、結果として新世界の発見、その後のアメリカ大陸の、歴史に大きな影響を与えた。

世界一周を最初に達成したのは、フェルディナンド・マゼランの艦隊。1519年にスペインを出発、マゼラン自身は途中で亡くなったものの、彼の艦隊は1522年に世界一周を完了した。全行程を生き延びて世界一周を達成した最初の人物は、ファン・セバスティアン・エルカーノとされている。

マゼランの艦隊が世界一周を達成したことで、人類の視野は広がり、新たな地平線が次々と開かれた。主に香辛料貿易の利益拡大、領土拡大や宗教改革による布教などあらゆる要因があった。これらの冒険者たちは、単に富や名声を追い求めたわけではなく、その根底には「未知なるモノ」を探求する強い欲求があった。

■ 密かに世界を一周した奴隷がいた?

ただ、マゼラン艦隊よりも先に密かに世界を一周したとされるのが、マラッカのエンリケとも呼ばれている人物だ。彼はマゼランによって1511年にマラッカで奴隷として購入され、現在のマレーシアからスペインへ移動し、マゼランの遠征に同行した。

エンリケは1521年にフィリピンでマゼランが亡くなったフィリピンのマクタン島でのラプ・ラプとの戦いでも生き残った。マクタン島での滞在中、彼の母国語であるマレー語が通じる住民と出会ったことから、人類初の世界一周を成し遂げたのではという説がある。

ただし、エンリケが実際に世界一周を完了したかどうかは確定しておらず、彼が故郷に戻った記録は残されていない。幻の世界一周なのか、それともマゼランよりも奴隷が先に世界を一周していたのか、今となってはわからない。

■ 現代の大航海時代

歴史は繰り返すと言われるが、僕たちもまた新たな「大航海時代」にいる。15世紀から17世紀の大航海時代が地理的な発見と世界の一体化をもたらしたように、現代のグローバル化とデジタル革命は、世界観を大きく変えつつある。

インターネットという「大海原」を航海することで、瞬時に世界中の情報にアクセスし、異文化との交流を深めることができる。かつてのマゼランやコロンブスが未知の大陸を求めて航海したように、今では誰もが気軽に世界を飛び回り、新たなビジネスモデルやイノベーションを追求している。

エンリケの物語が教えてくれるように、真の冒険や発見は必ずしも名声や歴史書への記載を必要としない。むしろ、名もなき個人として、自身の内なる「未知なるモノ」に向き合い、社会や価値観の探求として移動しながら思考することが、現代における冒険といえる。

だからこそ、世界を航海するように、世界中を飛び回る感覚を持つのもいい。はるか昔と比べれば格段に移動しやすい世の中になった。数十万円あれば世界を一周もできるようになった。仕事をしながら移動できるからこそ、実行しない手はない。

■ 移動はアイデアや視点を育てる機会


人生に飽きたり、サラリーマン生活に疑問を感じたりする人は多い。だからこそあえてレールから外れる生き方を考えてみるべきだ。


社会は肩書きや学歴で人を判断しがちだが人生の全てではない。むしろ、既存のレールから外れた人生を探ることで、より充実した生き方を見つけられる可能性がある。

移動は、そんな新しい生き方を見つける重要な手段となる。人類の歴史は移動の歴史でもあり、僕たちの中には探求心という本能がある。大航海時代の冒険者たちのように、未知なるモノを求めて動き出すことで、新たな視点やアイデアを得ることができるのだ。

結局のところ、人生は1度きりだ。誰かが敷いたレールの上で我慢し続けるか、それとも自分が信じる道を突き進むか、その選択は自分次第である。

移動することで、情報収集になり、思考が高まり、視野が広がり、新たな出会いが生まれる。自分の適性を知るためにも、まずは移動してみることが大切だ。それが、より充実した人生への第一歩となる。

要するに、自分らしい道を探す旅は、思いがけない発見や成長をもたらしてくれるモノなのである。移動はアイデアや視点を育てる機会だ。

「人類は移動の物語」だと言えるように、人は常に移動している。レールから外れることに関わらず、移動することで新たな発見がある。

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このnoteでは、限られた人にしか伝わらないニッチな情報を、偉人たちの言葉や最新エビデンスを元に主観を交えてお届けします。似た考えの人が共感でき、新しいことを始めるきっかけとなるようなコンテンツを発信していきます。

人生をより面白くするための試行錯誤の様子をまとめていきます。20代で経済的独立をした背景や30代の自由な暮らしのリアルを表と裏も含めて赤裸々に紹介します。面白さを追求して日々奔走する姿をお伝えします。

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