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連載小説『青年と女性達』-十三- お雪とおちゃらの入れ替わり

十三


 そこへ騒ぎを聞いて駆け付けたお安と婆さんが入ってきて二人をようやっと離した。荒い息を吐く二人にお安が云う。
「まあまあ、そんなに暴れなさってはお二人のかわいいお顔が台無しですよ」
「純一さんが呆れて困っているよ」と婆さんが二人を冷まそうとして云う。
 ぷんとにらみ合っていたお雪とおちゃらが我を取り戻した時「あはは」とおちゃらが笑う。つられてお雪も「おほほ」と同調する。

「ご免なさい。ついつい手を出してしまって」とおちゃら。
「いいえ。こちらこそご免なさい」とお雪。
 案外素直な二人に純一は事の成り行きに混乱する中にも少し安心して当人たちを見た。
「そうだ。仲直りにいいことしましょ」とおちゃらが云うと、お雪が問う。「何をするの」
「そうねえ……。そうだ、私達の着物を交換してみないこと」とお雪を上から下へと見てから云った。
「ええっ、そんなこと。……でも面白そうね」
「女学生の服を一度着てみたかったのよ」
「私も芸者さんの着物、あこがれていたわ」

 二人とも同じ背格好せかっこう。婆さんとお安にも手伝ってもらって客間で万端ばんたん整った。
「まあ、素敵なこと。ねえお安」
「ええ、お義母さん。二人ともよく似合って、まるで姉妹のようだわ」
「こんなお芝居観てみたいものね。人と人が入れ替わる趣向だよ」
「女性だけの舞台があっても好いかもしれないわ。その内に観られるかも知れませんわ。ねえお義母さま」
 母娘の会話が盛り上がる。お雪とおちゃらもお互いをめ合ってご満悦だ。純一だけが話の輪から取り残されて、今日二人の娘が何をする為にここへ来たのか聞くことも忘れていた。


 純一からは何も聞かれなかったが、おちゃらには存念があった。先日の純一との出来事はおちゃらにとって意義のあることだった。しかし、おちゃらの為には自分の本気を今一度純一に開陳かいちんして、純一からもその本心を聞きたかった。
 自分の心にる純一への奥底おくそこからの想いを、改めて白日はくじつあらわそうとするむに已まれぬ衝動に突き動かされてこの日訪れたのだ。

 お雪はお雪でまた存念があった。大村からの結婚申込の話を聞いてからそれをうれしく思ったと同時に、純一の事も思わずにいられなかった。純一と知り合ったのは大村よりも先だったし、幾度か会う内にどことなくかれるものがあったのも事実である。気持ちを確かめようと先日純一を訪ねたが一言の後には何も切りだせずに帰った。
 そんな気持ちのところへお安が急ぎの様子で訪ねてきた。今おちゃらという若い芸者が純一を訪ねて来ているというのだ。それを聞いて矢も楯もたまらず駆け付けた。

 お安にしては、お雪は自分の友人だが日ごろから優柔不断なところが気になっている。お雪から縁談話やら何やら日頃悩みや心の揺らぎも聞いていたが、煮え切らないお雪の態度に気をもんでもいた。荒療治あらりょうじかも知れないが……おちゃらに直接会わせる事で、お雪が腹をくくって自らの歩む方角を決める一つの切っ掛けになるかも知れないと思ったのだ。


――十四へ続く――




※画像はリカさんのものをお借りしました。

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