憲政史上最悪の宰相・安保晋五②司法府支配

毛利正義は、愕然とした…ついに、この男はここまで堕ちたか。

安保晋五は、2012年末、民自党党首として衆議院議員選挙に臨み、政権を奪還し二度目の総理の座についていた。
それから約7年。
世界中を恐怖が支配していた。コロンウィルスの蔓延である。それは、日本においても例外ではなかった。
アメリカ、ヨーロッパ諸国、中国等には及ばないまでも、感染者数1万5000名、死者800名を数えていた。
そんな折も折、安保晋五が手をつけたのが、検察庁法改正だった。
この非常時に、またしても自己保身を優先するのか…毛利正義は怒りを通り越してあきれ果てた。

『あいつには、人としての情がない』と悔やんでいた晋五の父・晋一郎の懸念が正しかったことを痛感した。
毛利は、いまその晋五の第一私設秘書となっていた。晋一郎の遺言通りに、晋五が政治家になるのを阻もうと懸命に動いたが、晋五の意思に加え、岸田元総理の娘である母・広子と晋一郎の後継者に推す民自党の力をまえに、毛利は屈するほかなかった。
毛利は当初、政治の世界から離れるつもりだったが、晋五の暴走を心配する先輩秘書や地元有力者から、ブレーキ役になって欲しいと懇願され、いまの職に就いたのだった。

安保晋五が、検察庁法をこの非常時に焦って改正しようとしているのには勿論、逼迫した理由があった。
加賀井克明、案奈両議員の公職選挙法違反事件である。加賀井案奈が初の参議院議員選挙時に、選挙スタッフに公選法に定められた額の数倍の報酬を支払っていたことがバレたのを皮切りに、選挙資金として安保が用意した1億2000万円から、集票に協力してくれた県議や市議、市長、町長等に実弾をばら蒔いていたことまで明らかになってしまったのだ。
問題がそれだけなら、当事者たる案奈と、選挙対策責任者だった夫の克明に責任のすべてを押しつけて辞めさせれば、それで事足りた。だが、事態はもっと深刻だった。実は、件の1億2000万円のうち大部分が、安保の懐に還流していたのだ。
もし、東京地検特捜部が本格的に捜査に乗りだし、カネの行方を徹底的に追われ、安保への還流が露見すれば、内閣総辞職は免れない。
だからこそ、法務省事務次官時代から懇意にしている黒沢弘臣東京高検検事長を、検察庁のトップたる検事総長に押し上げ、特捜部の捜査を阻む必要があったのだ。
これは今年1月に、定年退職する最高裁判事2名の人事に横槍を入れたのに次ぐ、司法府支配の一手だった。 つづく

この物語は、フィクションです。