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Youはなぜ起業したの?

会社を立ち上げ約8ヶ月、そして人材紹介業をはじめて5ヶ月、早いものでもうじき2023年を終えようとしています。

私にとって2023年は激動の1年、前職の大手人材紹介会社10年でようやくの年間ベスト3位への入賞、10年の節目で退職、起業、と変化の多い一年でした。

さて、今更と言えば、今更なのですが、会社を立ち上げてから、様々なお客様より、

「なぜ起業したんですか?」

ということを聞かれることが多いので、年末という節目に、振り返りも兼ねてまとめてみたいと思います。


大手ではできないことがやりたかった

前職は人材紹介会社の中でいえば、大手、国内だけでも1000名近い社員がいて、入社した10年前はおそらくその半分程度の規模で。

会社が大きくなっていく10年間、大変貴重で良い経験をさせてもらいましたが、やはり組織が大きくなればなるほど、会社や事業のダイナミズムに比例して、承認プロセスも増え、ルールや顧客の棲み分け、様々なものが、現場レベルでは解決できず、個別最適というわけにはいかない、ということがあると感じていました。

これは会社批判ではなく、上場もしていたり、会社の規模が大きくなれば、当たり前に組織にも個人にも求められることで、だからこそできることも、得られるものも、整えられていくことも多く、もちろん良い側面も多いのです。
ただ、13年人材業界でキャリアを積んできて、もっとこういうことをやれたらな、もっとこうありたいな、という自分の理想像と少しずつ合わなくなってきたということはあったと思います。

では具体的に、独立してできるようになった(+将来的になりたい)ことは?
というと、

・スピード感のある意思決定
・ブティック型で特定領域のブランディングがより強く打ち出せること
・社内の細かい申請業務、会議、などの時間が圧縮された分、純粋に事業に専念できること
・それぞれの社員の個々のスキルや事情、性格を踏まえた個別最適をすること(社員採用はこれからですが)
・個人のモチベーションが高まり、一方でチームワークも発揮できる人事システム(計画段階ですが、人材紹介業の課題は個人商店になりやすいことだと思いますので、個人業績だけではなく、チームワークを作れる制度を検討したいと考えています)
・自由な発想で事業領域を広げられること


例として、事業領域を広げるという点では、
実は、今現在、人材紹介事業をコア事業としながら、採用コンサル兼RPO(採用代行)の仕事という二足のわらじを履いています。

なぜそれを始めたかといえば、困っているお客様がいて、お手伝いしたいと思ったから、ということなのですが、一度ユーザーサイドを経験してみると違った視点が見えて、勉強になると思いましたし、それをサービス品質向上につなげたり、新しい事業を創出するアイデアにしたり(実はこれからもやりたいことが色々ある)できるのではないか、と思って実験も兼ね体験させていただいております。
(この話はまた別の回で書きたいな、と思っています)

大きな組織では、異なる事業領域は異なる管轄になっていますし、
「あ、これ良いアイデアかも!」と思っても、実現するには遠い道のりがあります。
むやみやたらに事業範囲を広げることをするつもりはないですが、新しい発想や取り組みで、サービスの形態を変化させる、サービスを作ることは、小さな組織だからこそ機動的にできることではないかと思っていますし、今後も意欲的に取り組んでいきたいと考えています。


自分で意思決定したかったから

大小2つの会社で、会社員をしてきて、意思決定のプロセス、承認のプロセス、会社や上司の意向に沿う仕事をすること、組織人として、完璧ではないながらも、それなりに適応するように努めてきましたが、やはり思ったのは、大きな責任を持って、最後は自分の意志で決めたいな、ということでした。

自分なりに勝ち筋が見えていて、実現させたいプランや戦略があったし、
採用や育成においても、会社に与えられた予算と採用目標ではなく、じっくり腰を据えて、より大きな責任を持って取り組みたいと考えたからです。

とある会社の社長に
「和泉さんはいつか一国の主になる」
と言っていただいたことがある(ありがたい)のですが、それもそんな一面が外に漏れ出ていたからなのかもしれません。
(のちにその話を社長にしたら、もっと先かと思ってたから、びっくりした、と言われましたが)


なぜ2023年だったのか

実は、起業について考えはじめたのは約3年ほど前でしたが、なぜ今年2023年に一念発起したかと言えば、私にとって様々なタイミングが重なったからでした。

・正直言って、オーバーワークだったから
大きな予算を個人で追うこと、チームリードにおける採用・教育・新規開拓業務、慣れない英語を勉強しながらの全面英語オペレーション、二児の育児、社内の横断PJ、往復2時間の通勤、ということで書いてみると、なんだかできそうですが、体力・要領に自信があった割には、量が多すぎて、このままこの生活を続けたら、病気にでもなるのではないかと心配になったこともあり、もう少し自分のペースで、フレキシブルに仕事をしたいと考えたのは大きな理由でした。
会社はプレイヤーに専念するなど、私の負担を減らすことを考えてくれましたが、それであれば、チームで仕事をしたい私にとって、会社に所属する意味はないと思い決断しました。

・自信がついたから
2年前、多種多様なクライアントとの契約書、豊富な人材データベースを持つ親会社から、ほぼリソースがないグループ会社へ異動し、一からビジネスの立上げを行いました。
長い付き合いのあったクライアントからも、わざわざグループ会社を利用する意味の無さを追求されたり、購買が厳しいのでということでベンダー追加を断られたり、いかに自分が会社の看板で仕事をしていたのか、ということを痛感させられました。
そこで、どこのマーケット・クライアントであれば、自分の知識とスキルが生きるか、市場の余白があるかを再検討し、これまでお取引のなかった会社様への新規開拓、
自前の人材データベースがほぼなかったため、LinkedInやリファーラルネットワークを活用して、ひたすら多くの候補者様とお会いさせていただくことで、実績を積み、
ありがたいことにチーム作りまで経験させていただき、
英語もほとんど話せないところから、一人でなんとか商談をこなせる程度には向上し、
「あ、これ自分でできるな」
と、自信がついたことも大きな後押しでした。

・やりきって満足したから
勤続10年の節目で、全社の年間表彰3位をいただくこともでき、走りきったな、と満足できたことも大きかったなと考えています。
やり残したことがないと言えば嘘になりますが、前職におけるキャリアで楽しめることは、あらかた楽しんだな、という実感が持てました。

・子供の小学校入学
小1の壁、なるものを他の先輩ママ社員からお聞きしていて、戦々恐々としていたので、そのタイミングに、ちょうど有給消化を当てられないかと考え、3月頭に退職の申し出をしました。
実際、「一人で学校に行きたくない、ついてきて」が3ヶ月近く続いたし、「行きたくないから休みたい」もあって、そこに寄り添うこともできる余裕が作れたことは良かったです。
昨年は忙しすぎて、風邪気味で体調が悪そうでも、熱が出ていなければ保育園に押し込んでしまうこともあり、子供に対して無理をさせてしまっていたこともあり、自分がフレキシブルな働き方を選べば、解消するのではないかと思ったこともきっかけでした。
私は、家族や自分のプライベートも大事にしていますし、勿論いずれ採用する社員の方にもそうあって欲しい、キャリアとプライベートを共に充実させられる会社環境を作れるよう努力していきたいと考えています。



今の日本で飢えて死ぬことはない

自分の中で、様々なパーツが揃い、
「チャレンジしたいな」と思ったタイミング。
よく思い切ったね、なんて言われますが、でもどんなに失敗したとしても、今の日本で飢えて死ぬことはない、と思ったら、すっと思い切ることができました。

勿論、失敗してもいいや、と軽い気持ちで事業を行っているわけではないですが、それでも「どうにかなる」、と思って新しいチャレンジをすることは、起業だけではなく、誰にでも、どんなことでも、背中を押してくれる強いメッセージではないかと思います。



自分で決めるということは、自由な一方で、大きな責任も伴うけれど、その緊張感も含め、楽しめている自分がいて。
来年、再来年はもっと大きなものを背負える自分でありたいな、と思っています。

年末に差し掛かり、バタバタと過ごしていますが、できれば年内に会社の振り返りもしたい・・・と思っています(希望)



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