街の自転車屋さん

2014年

 使用しはじめて約1年1カ月の私の車椅子は、ブレーキがすり減り、かなり効きが悪くなっていた。
 そこで昨日、近所の自転車屋さんでブレーキ部分を逆向きにして、すり減っていない部分がタイヤに当たるようにできないか相談した。
 自転車屋さんは道路に寝転がって、ブレーキの裏を見てそこがビスで止まっているのを確認した。私は車椅子に座ったままで、その足元に仰向けに寝ての一種献身的な動作だった。
 自転車屋さんはビスを道具で抜き、ブレーキゴムを逆向きにして、ゴムのちょうど反対側に小さな穴を穿ち、再びビスで止めた。ビスにはねじ溝がなく、差し込むだけになっているので、落ちてしまう可能性は少しあると説明した。ねじ溝を入れてねじを回転させてブレーキゴムを止めるようにするのが、製品としての常識ではないのか、急に抜けたら危ないではないかと私は思った。
 アマゾンで「14000円でしたが、中国製なんです」と私は言った。「今はたいていそうです」と自転車屋さんは言った。日本やドイツは製品の精度にこだわる国として発展してきたが、これからの時代は世界競争に勝つためには、こういうところも手抜きになるのかもしれない。(私は1982年に初めてアメリカに行ったとき、文具や本などの製品としての品質の悪さに驚嘆した。日本製はアメリカ製より遥かに職人芸的に優れていることを実感した。)
 見ると店の掲示に「中国製の自転車の修理は部品がないためお断りすることがあります」と書いてあった。
 とにかくこうすることによって、ブレーキゴムのすり減っていない側が、タイヤに当たるようになった。車椅子を反対向けにして、また道路に身を横たえ、両輪そうしてくれた。
 ビスが落ちなければ、これでもう一年、ブレーキは効き続けるだろう。
 「おいくらお支払しましょうか」と私は言った。
 自転車屋さんは「いらん」と言った。「わしもわかってるねん。しばらく車椅子やってん。競輪選手やったけど、事故で引退してん」
 事故で頸椎を損傷したのだろうか。今はまっすぐに立っていたし、動作も機敏だった。
 「そのとき、いろいろな人のお世話になったからな。その分は返してからやないと、0に戻してからやないと、死なれへんやろ。そやから、わらしべ園(近所の介護施設)の車椅子も全部、ただで直してるねん」
 「本当にいいんですか。・・・ありがとうございます」
 いろいろな人がいる。体が不自由になってからの方が、いろいろな人に出会う。

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