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5年の進化が凝縮!――『ソフトウェアファースト』で日本企業は変われるか

「ソフトウェア・ファースト」の第1版と第二版との間には、5年の歳月を経て改訂が行われました。本稿では、これら2つの版における違いについて述べてみました。


新版が生まれるまでの5年を振り返る

2019年に発売された第1版『ソフトウェア・ファースト』は、当時としてはかなり斬新な切り口で「ITの手の内化」「ソフトウェアを自ら使いこなす企業文化」を説き、業種や企業規模を問わず大きなインパクトをもたらしました。ITといえば外部に丸投げするのが当たり前だった多くの日本企業に向けて、「自社でソフトウェアを本気で作り・育て続けることでこそ、DXの本質を実現できる」という熱いメッセージが込められていたのです。

あれから5年。私たちの周囲には、コロナ禍・AIの加速・5G・サブスクリプションモデルの普及など、驚くほど大きな変化が相次ぎました。そして2023年末には、生成AI(大規模言語モデル)が一気に大衆化。第1版出版当時はまだ実用例が少なかったマイクロサービスやCI/CDといった手法も、今や多くの企業が取り組みはじめています。

こうした急激な変化を踏まえ、著者が「もう一度、ソフトウェアファーストの概念を再点検し、最新の成功事例と失敗事例を盛り込まなければ!」と大幅に書き直したのが、この第2版。言うなれば、初版を土台にしつつ“全面的にアップデート”したような内容です。おそらく本文量は倍近くに増え、新たに章が立てられた部分もあり、実質的には「まったく別の新刊」といって差し支えないでしょう。


ソフトウェアファーストとは何か――改めて分かりやすく解説

第2版では、まず「ソフトウェアファーストとは何か」を、5年前よりもさらに丁寧に解説しています。著者は初版当時、GoogleやMicrosoftで培った経験に基づき「ITの手の内化」を要点として語っていましたが、本書では以下のように、一段とクリアな整理が加わっています。

  1. ITがビジネスの“脇役”ではなく“主演”になる時代
    単に事務作業を効率化するITではなく、DXの本質を支える革新的なサービスや顧客体験はソフトウェアによって生まれる――という着想がさらに強調されています。第1版では例として、Netflix vs. ブロックバスターやアマゾンの事例が取り上げられましたが、そこに加えて今回は「生成AIやMaaSを活かしたサービス」までカバーし、具体例が大幅に増えています。

  2. 内製化(手の内化)と外部パートナーの使い分け
    ソフトウェアは全部を自社で開発しなければならないわけではないが、「自社のコア部分は外注せずにプロダクト志向を貫く」ことが重要だと著者は再三訴えています。今回の第2版では、その境界線をどこに引くかについて新しい事例も豊富に載っていて、悩める読者にとって現実的なヒントとなる内容です。

  3. アジャイル&DevOpsの“なぜ”と“どう使うか”
    5年前に比べれば、アジャイルやDevOpsが日本でもかなり普及しました。しかし、実践しようとして尻すぼみになるケースも多い。そこで第2版では、今どきの開発技法に加え、大企業や非IT業種における運用の難しさと突破口まで丁寧に解説。スクラム/カンバン/CI/CDなどの用語が初めてでも理解しやすくなっています。


新たな事例が目白押し――コロナ禍以降の変化に応じた“全集”状態

第2版で特筆すべきは、アップデートされた事例のボリューム感です。具体的には、

  • コロナ禍で非接触注文を取り入れた飲食店の事例
    これまではフードデリバリーを運用するスタートアップ事例などが語られていましたが、今回は老舗企業が飲食DXをどのように始めたか、その裏側を示すケースも追加されており、中小・地方の活用例まで視野に入っています。

  • MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)やSDV(ソフトウェアディファインドビークル)
    第1版の頃には自動車のCASEが叫ばれ始めた段階で終わっていたのが、第2版ではトヨタやホンダ、ルネサスなど日本企業が実際にソフトウェア開発を内製化していく流れがかなりリアルに描写されています。筆者が自動車業界を実際にコンサルして得られた知見が盛り込まれているらしく、わかりやすいです。

  • 生成AI(チャットGPTなど)とDX
    第1版では「AI・機械学習はDXを支える武器」として概念的に触れられていたにすぎませんでしたが、第2版では、本書の出版直前(2023~2024年)に起きた生成AIブームがすぐ反映されています。AIの“中身”をいかに捉え、「特定領域に合わせてファインチューニングするか」「データは自社でどう管理するか」といった課題まで示唆があり、まさに今必要な情報が満載です。

  • 日本企業の成功&苦戦事例
    初版でもNetflixとブロックバスターの対照的な歩みなどが語られましたが、第2版では日本企業にフォーカスした失敗・成功も増えています。たとえば、大手自動車サプライヤーがアジャイル移行を試みる際の抵抗勢力との向き合い方、データ駆動型組織への変革に成功した老舗企業、など興味深いケースが数多くあり、国内読者が実践しやすいように書かれています。


第1版からの大きな変化点と読みどころ

ここでは特に、「第1版を読んだけれど今回も読む意義はあるの?」という疑問に答える形でまとめます。

  1. AIとDX、データ活用の記述量が大幅アップ
    第1版では「AIや機械学習に触れてはいるものの、やや概念的」と感じる人も多かったのですが、第2版では具体的なツール・フレームワーク・導入プロセスが格段に詳細化。著者が支援した企業でのノウハウや、海外企業が進める最新アプローチ(生成AIや大規模言語モデルの活かし方)まで踏み込んでおり、AIをどう扱うか悩んでいる読者には必読の章ができたといえます。

  2. 大企業や伝統業界向けのアドバイスが充実
    初版は主に「スタートアップやIT企業」に近い読者層に支持されましたが、第2版ではより踏み込み、大組織向けの内製化・組織改革論が強化されています。たとえばウォーターフォール型開発からどうアジャイルやDevOpsへ移行していくか、ミドルマネジメントの抵抗をどう扱うか、既存システムをどう“リフト&シフト”してクラウド移行するかなど、より詳細なハウツーも追加。これまで「自社にはハードルが高そう」と感じていた読者にとって、具体的な行動指針が得られるようになっています。

  3. 組織設計&人材マネジメントの再整理
    第1版ですでに「CTOやCPOを置く」「エンジニア評価の見直し」「プロダクトマネージャーの育成」などが語られていましたが、第2版では国が出しているDX人材指標(デジタルスキル標準など)への言及や、OKR活用を含む新しい評価手法の紹介があり、初版よりさらに体系的に学べる構成になっています。著者が複数の大企業で役員向け研修を行うなかで蓄積した知見が反映されており、人事制度改革が停滞している企業にもヒントが多そうです。

  4. “ソフトウェアファースト”が真に意味するところを再定義
    本書タイトルにもある「ソフトウェアファースト」は、“開発プロセスを新しくすればいい”だけでも、“SaaSを入れればOK”でもない。むしろ「経営や事業戦略のど真ん中にソフトウェアを据える」。第2版ではこの点を強く再定義し、日本のDXの現実を踏まえたうえで、「経営者や現場が一体となるために何が必要か?」を深く論じています。


読み手それぞれへの期待どころ

  • 第1版を読んで面白かった人
    “DXのアップデート版”を読みたい人、あるいは「AIなどの新章を補って再学習したい」という人は、第1版を持っていても買う価値が十分にあります。反復する箇所もありますが、文体も変わり、大幅に章構成が刷新されているため、新しい本として読むと良いでしょう。

  • 初めて「ソフトウェアファースト」という概念を知る人
    初版にあった根幹メッセージはもちろん踏襲しているので、本書だけでも一通りマスターできます。むしろ、第1版未読の人は、いきなり第2版を読んだほうが全体的に整理されていて理解しやすいかもしれません。

  • 経営者やリーダー層
    今回は第1版よりもコンサバな読者層へのフォローが充実。大企業でDX責任者に任命されたが何から始める?というパターンにピッタリな構成です。最新事例を得ながら、組織・人事・マネジメントモデルをどう変えていくか?がわかりやすく書かれているので、チーム全体の勉強会テキストとしても利用価値が高いはず。

  • エンジニアやプロダクトマネージャー
    新しい技術やアジャイル開発手法にすでに詳しい人にも、有益な解説が多いです。「ビジネスサイドをどう巻き込み、経営層を説得するか?」という視点が増量されているので、自分が技術視点だけでなく経営視点を獲得したい場合にも役立ちます。


まとめ――再び“DXの本質”を問い直す格好の指南書

第2版を通読しての感想は、「『ソフトウェアファースト』は5年前に唱えられた理想論ではなく、いまや多くの日本企業が本気で取り組まないと生き残れない切実なテーマだ」ということ。初版当時は「Netflixみたいなデジタル企業の成功例を紹介するイノベーション本」という印象が強かったかもしれません。しかし第2版では、日本的な下請構造や意思決定の遅さをどう打破していくか、といった“現場の現実”が直視されており、具体策がいよいよリアリティを伴って提示されています。

それでも「読み物として重い」「厚すぎる」のを気にする人もいるかもしれませんが、本書は全7章+補章の構成で章ごとにテーマがはっきりしているため、興味のある章から拾い読みしても理解できます。生成AIやマイクロサービスの話など、ホットなトピックスだけ先に読むのもありでしょう。

結論として、この第2版は「ソフトウェアをどう使うか」「DXをどう人材・組織・技術面で推進するか」を総合的に捉え直した最高のガイドブックに仕上がっています。5年前の初版で衝撃を受けた方はもちろん、新しくソフトウェアの内製化・DX推進を任された方や、AIブームでどう動けばいいか悩んでいる方にも強くおすすめします。ソフトウェアが企業や社会に与えるインパクトを深く理解し、自社の変革へ踏み出すきっかけになる、まさに“バイブル”的1冊といえるでしょう。


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