大谷翔平と「論語と算盤」

 今メジャーリーグが面白い。大谷翔平の活躍に日本のみならずアメリカ全土が沸き立っている。それもそのはず100年前の野球の神様ベーブ・ルース以来の活躍を見せているからだ。 
 4月26日のレンジャーズ戦に2番・投手で投打同時出場を果たし、5回を投げ切って勝利投手となり、打ってはホームランを含む3安打とした。4打席目には大谷シフトで手薄な三塁前にバントヒットの小技も見せた。打って投げて走って、小技も出来る。栗山監督をして「野球小僧のままやっている感じ」と言わしめた。まるで野球をすることが楽しくて仕方がないようで、見ているこちらまで楽しくなってくる。
 本塁打でメジャートップの選手の先発登板は1921年6月13日以来というから丁度100年の節目の年に当たる。謙虚な姿勢とあどけない笑顔が人々を魅了する。世界における日本人全体のイメージを大きく引き上げてくれていることに感謝したい。コロナで世界中が落ち込んでいるときだからこそ、怪我なく活躍をし続けてくれることを願わずにいられない。
 大谷が高校を出ていきなりメジャーに行っていたとしたら、こんな活躍が期待できただろうか。早くに潰されてしまって今の姿はなかったであろう。そこは日本ハムの栗山監督やその周りの貢献が大きい、メジャー志望だった大谷をドラフト1位で指名し、日本で経験を積むことを勧め、周りからどんなに批判があっても、投打の二刀流を貫くことに協力した。我慢をして我慢をして、大谷という傑物を育て、快くメジャーに行かせた。
 その栗山監督が大事にしているのが人間学である。特に「論語と算盤」は選手全員に与えている。栗山監督があるインタビューに答えた。「人のために尽くすこととお金を稼ぐことって、一見対極にありそうじゃないですか。ただ野球選手は人間として成長しなきゃ、絶対に選手としても成長できないと前々から感じていて、(他人の富のために自分の持てる力の全てを尽くした渋沢栄一のように) 経営でもそれが両立出来るなら、スポーツも絶対そうなのではないかと思わせられたのがきっかけです」
「渋沢栄一は私心がないことが原動力ですよね。監督も選手のため、選手の家族のため、スタッフのためという存在です。私はそんなに大きな存在じゃないですけど、これまで世の中を変えて来た人の大きな共通点はやっぱり“自分のためにやっていない”ことですよね。渋沢栄一のように自分の私欲だけでは動かない、人のために尽くして多くのことをやり遂げたという、我々が進むべき道を歩んでくれた人生の先輩がいたというのは、僕にとっては非常に大きな影響を与えてくれたし、こういう野球観がいいなと思わせてくれる考えに出会えたというのは大きかったです」
 この話は、我々上に立つものにとって、多くの示唆に富む。まず社員に人間教育をしているだろうか、その前に自分自身がそのような本と親しんでいるだろうか、他人のために仕事をしているだろうか、お金を稼ぐことを優先していないだろうか、社員の強みを伸ばすことに注力しているだろうか、そもそもいずれ上位他社(大リーグ) に行くことが分かっている人間を育てるような器量はあるか、人を育てることに見返りを期待しすぎていないだろうか。
 昔何かの機会に恩返しの話を聞いた。お世話になった方の死に目に会いに行った人が、その師匠に「どうしたら恩返しが出来るでしょうか」と聞いたら、師匠は「こんな年寄りに今さら恩返しをしてどうなる、するなら若いものに恩送りをしろ」というような話であった。受けた恩は次世代に送ること、社会に還元することで恩返しになる、大谷の活躍を見てそう思った。

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