まったくクラファン向きの性格ではないわたしがクラファンをやる理由
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まったくクラファン向きの性格ではないわたしがクラファンをやる理由

私は、仕事人としては水戸黄門や遠山の金さんのようでありたいと思っています(たとえが古い)。普段はただの爺さんだったり風来坊のようだったり目立たなかったりするのだけれど実はすごい能力やパワーを持っていて、ここぞという時にそれを存分に発揮して世の中の役に立つ、そんな仕事人。もともと目立つのが苦手だし上がり症だし小心者だということもありますし、自分が表に立つよりも、表に立つ人がより引き立つために力を使うべき人間なのだと自己分析しています。だからインタビューの仕事というのはとても自分の性に合っていて、長く取材の経験を積む中で、それぞれの人が心の中に持つ言葉にならない声をたくさん拾ってきた自負は持っています。

初期衝動は郷土愛と音楽愛

そんな私が、どういうわけか表に立ってクラウドファンディングをすることになってしまいました。

https://motion-gallery.net/projects/sosweetrecords/

いざやってみると、これがなかなか自分には敷居が高い。まず自分の顔を晒してやるのが恥ずかしい。クラファンのページを作るために自分の想いやこれまでの経緯を振り返るのだけれど、まるで言語化できない。普段は他人のそればかりやっているはずなのに。そして、人さまからお金をいただくのがどうにもすわりが悪い。これまでその準備を進め、ついに今日からそのクラファンがスタートしましたが、準備の期間も毎日のように「やめたい」「逃げたい」と思いました。今も正直、賽は投げられてもなお、この期に及んでもまだ、そんな気持ちがないとは言い切れません。

じゃあなぜやるのか。それは私が立ち上げた2つの組織の名前に一つの答えがあります。地元の方言から名前を取った「マデニヤル」という会社。郡山の開拓の礎となった安積疏水から名前を取った「ソスイレコード」という音楽レーベル。私の発想の根底にはいつも郷土愛がありました。なぜかはわかりませんが、それはもう生まれた時から自分の体に染みついて離れないものであって、物心ついた頃から猛烈な愛着を福島に持っていたように思います。

そしてもう一つ、自分の中の「愛」を形作るものが音楽です。子供の頃から音楽と呼ばれるものは何でも好きで、父が聴く懐メロやクラシックや海外の音楽、母が好きな歌謡曲、兄が聴くヒットソング、ばあさんの御詠歌や大正琴、どれもが楽しかった。気づけば音楽の世界で働きたいと思うようになり、CDやイベントの制作、音楽記事の執筆といった仕事に身を投じていました。

端的に言えばこの2つの愛が、今回のクラファンを考えるうえでの初期衝動になりました。地元に関わる仕事がしたいという想いと、音楽をもっとみなさんにとって身近なものにしたいという想い。それが、恥じらいや苦手意識を上回ったということなんだろうと思います。

三波春夫を郡山に呼んだ祖父のDNA

「お客様は神様です」の名言で知られる昭和歌謡の偉人、三波春夫さん。みなさんも名前ぐらいはご存じでしょう。三波さんはもともとは浪曲師で、下積み時代には南條文若(なんじょうふみわか)という名前でいわゆるドサ回りをしていました。その時代、たぶん昭和30年頃だと思いますが、郡山市(当時はまだ富田村だったかも)の富田小学校で当時PTA会長をしていた私の祖父は、学校の催しで南條文若をブッキングし、体育館で浪曲をうならせたと言います。2年連続で彼を呼び、3年目も呼ぶことになっていたらしいですが、そのわずか1年の間に祖父はガンで亡くなってしまい、3年目の興行は叶わなかったようです。

その後、南條文若さんは三波春夫さんとなって日本を代表する大スターの座に昇り詰めるわけですが、公演で郡山に来るたびに「どなたか富田の髙橋さんという方をご存じないですか?」とステージでお客さんに問いかけていたという話を聞いたこともあります。音楽業界で仕事をするようになってから、三波さんが所属していたテイチクレコードと仕事をする機会が幾度かあり、テイチクを訪問するたびに三波さんに会えないかと思っていたのですが、残念ながらそれは叶わず2001年に三波さんは亡くなってなってしまいました。

三波さんはもちろん、祖父とも当然私は会ったことがないわけですが、今の自分を思えば、私の発想や行動のルーツというか、DNAはここから来ているんだろうなと思います。隔世遺伝というやつです。

なぜ自分がこの性格を押してクラウドファンディングをやるのか。郷土愛はわかる。音楽愛も確かに持っている。ではそれを形にするためのエンジンは?と考えた時に、私にはどうしても、会ったことのない祖父の見えざる力を感じずにはいられません。祖父もきっと「地元のみんなに音楽を聞かせたい、音楽で村を盛り上げたい」と思って若き三波春夫さんを呼んだのでしょう。純粋に自分が音楽を楽しみたいというのもあったかもしれない。それは今の私も一緒です。福島を音楽で盛り上げたい、福島の音楽を盛り上げたい、聴きたい、聴かせたい。祖父の遺伝子がそんな気持ちを抱いた私の背中を押し、コロナを機にその圧が強くなって、「お前がやるんだよ」とクラウドファンディングに自分を向かわせたのだと思います。頭はダメと言っとるけど心が行けって叫ぶの。そんな感じです。

福島のアーティストの居場所と尊厳を守る

クラウドファンディングで集まったお金は、福島ゆかりのアーティストを収録したCDと、彼らアーティストが出演する配信ライブ、およびそのライブのDVD制作に充てさせていただきます。CDは1万枚作り、売上は基本的にすべてアーティストや販売してくれるお店に入る仕組みにします。CDがすべて売れれば、金額にして数千万円を地域の音楽を支えてきた人々に還元することができます。しかも、これまで広く知られていなかった福島の魅力的なアーティストたちの存在が多くの人々に知られる機会ともなります。

ですが私は、アーティストとしての成功は、経済的に豊かになることやヒット曲を出して有名になることだけとは思っていません。他の仕事をしながらでも好きな音楽活動を続けていけること。ファンを前にしてライブができること。レコーディング環境とCDを流通させる環境があること。自分に嘘をつかず、気持ちを歌にして届けられること。自分のこだわりや誇りを理解し、受け取ってくれる人がいること。

そんな、アーティストにとっての居場所と尊厳を守ること。その結果、地域の音楽文化を守り育んでいくことがソスイレコードの役割であり、今回のクラウドファンディングの意義であると思っています。

そんな意義を広く知っていただくために、クラファンが終わるまでの間、自分の中の金さんや黄門様は封印です。支援の呼びかけは12月30日まで続きます。その間、自分の性格を吹っ切り切れない瞬間もきっとあると思いますが、企画段階から親身になって座組みを考えてくれた小笠原隼人さんはじめエフライフのみなさん、またCD参加アーティストでありながら企画にも深く関わってくださっているChanoさん、そして参加してくださる多くのアーティストのみなさんの力を借りながら、これから年末まで走り切りたいと思っています。

みなさん、ぜひこんな私とソスイレコードに、この企画に集ってくれたアーティストのみなさんに、今回は集ってはいないけれど福島で音楽に関わっているすべての仲間に力を貸してください。お願いいたします。

https://motion-gallery.net/projects/sosweetrecords/


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髙橋晃浩

たかはしあきひろ…福島県郡山市生。ライター/グラフィックデザイナー。雑誌、新聞、WEBメディア等に寄稿。CDライナーノーツ執筆200以上。朝日新聞デジタル&M「私の一枚」担当。グラフィックデザイナーとしてはCDジャケット、ロゴ、企業パンフなどを手がける。マデニヤル(株)代表取締役

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福島県郡山市生まれ。ライター/グラフィックデザイナー。雑誌、新聞、WEBメディア等に寄稿。CDライナーノーツ執筆は200枚以上。朝日新聞デジタル&M「私の一枚」(2017~)。郡山市「フロンティアファーマーズ」(2018~)。マデニヤル株式会社代表取締役。ソスイレコード代表。