羊男

やっぱり村上春樹が好き

羊男

やっぱり村上春樹が好き

最近の記事

悪夢

一体何度目になるのか、深夜に車で人を轢いた。原因はいつもと同じ、ブレーキの故障だった。 事故を起こす瞬間は焦るものの、血に塗れ倒れている女性を見ながら警察の到着を待つ頃には、"ああ、これはいつもの夢じゃないか"と気付いて冷静になっている。 場所だったり、車種だったり、轢く相手だったりはまちまちだが、ブレーキが効かない〜警察が駆けつけるまでの流れはテンプレートだ。 この日いつもと違うことがあるとすれば、目撃者がいたことだった。 「なんでそんな冷静でいられるの?」 震えた声で

    • ベンチに置いた手の甲を、深く染まった紅葉が撫でた。 隣に座るあずさはその紅葉を指先で遊び、そっと摘んで僕を見た。 「今年の紅葉は少し遅れるそうだよ」 彼女の俯き加減の前髪を静かに風が流し、紅葉を持っていない手で髪を直した。 「じゃあこんな景色が実際に見られるのはまだ先なんだね」 僕たちは紅葉の名所で、最も美しいと言われた年に来ていた。近年の仮想現実技術の進歩は目覚ましく、好きな年の好きな情景の中に多人数同時に入り込み、五感を刺激されつつある程度の情景への干渉も可能としていた。

      • 最近書きたいと思ってたVR物と、昨日の夢が上手くマッチして一本書けた。明日辺りに上げとこう。

        • 夢で久しぶりにあの人に会って、にっこり笑顔を浮かべて「やっぱり会ってないと顔忘れちゃうね」と言われて、確かに、ああこの人ってこういう顔だっけ、近いとは思うけど、本当にこういう顔だっけ、と考えながら「そうですね」と答えて、静かに抱き合って、ゆっくりと目が覚めた。

        • 最近書きたいと思ってたVR物と、昨日の夢が上手くマッチして一本書けた。明日辺りに上げとこう。

        • 夢で久しぶりにあの人に会って、にっこり笑顔を浮かべて「やっぱり会ってないと顔忘れちゃうね」と言われて、確かに、ああこの人ってこういう顔だっけ、近いとは思うけど、本当にこういう顔だっけ、と考えながら「そうですね」と答えて、静かに抱き合って、ゆっくりと目が覚めた。

          潜水

          火曜日の仕事帰りに市民プールを利用する事が吉河の習慣になっていた。 時計は19時を回り、人が多過ぎず、少な過ぎないこの時間帯の穏やかな雰囲気が自分に合っているのだ。 いつものように決められた手順で軽く準備運動を済ませ、いざ入水しようとした時、向こう側のプールサイドに小さな人垣が出来ている事に気が付いた。 どうやら誰か倒れているらしい。職員が応援を呼び、担架を持ってくるよう指示している。人垣の隙間から横向きに倒れている初老の女性の姿が見えた。抜け殻のようにぴくりとも動く気

          クロワッサンの男

          「君、クロワッサンの作り方を知っているか」 仕事を早めに終え、お気に入りのバーで夕食ついでに軽く飲んでいると、突然2つ離れたカウンター席に座っている男に話しかけられた。冴えない服を着た冴えない顔の男だった。 「はぁ。作ったことがないので分かりません」 冴えない男は手に持ったビールを飲み切って、店員を呼んで同じものを頼んだ。 「僕はね、パン作りが仕事なんだが、いや、正確に言うとクロワッサンを作ることが仕事なんだが、君はパンが好きかい?」 「はぁ、まあ」 パンが好きか

          クロワッサンの男

          「痛っ!」 ドアノブに人差し指が触れた瞬間、小さな破裂音と共に弾かれたような痛みが指先を襲った。 「あら、静電気?」 「昔からよく起こるんだ。話してたから油断した」 「我が家に入るのにも一苦労ね」 八尋は悪戯っぽく笑い目元を緩ませた。僕は小さく溜め息をついて鍵を開けた。 この部屋に住んで何年になるだろうか。女性を招くのも久しぶりだ。頭の中でシュミレートしてみたが、目に付く場所に“女性に見られてまずそうな物”は置いていないはずだ。 「ベッド、クローゼット、テーブル

          コインランドリー

          『あなた、大変。故障よ』 サチコが僕を呼んでいる。滅多にないことなので僕は雷に撃たれたように、慌ててサチコの元へと駆け付けた。 洗濯機のサチコは両手を泡だらけにして僕のお気に入りのシャツの前で呆然と座り込んでいた。 『ねぇ、あなた、大変なの。私故障しちゃったみたい。嫌になっちゃうわ』 「どうにかならないかい?そのシャツは明日のとても大切な会議に着て行くつもりだったんだよ」 『無理よ。洗うことに関しては、指一本動かせないもの。私1人じゃどうにもならないわ』 サチコは泡だら

          コインランドリー

          安楽死

          酷い日だ。 若い女性警官の短く整えられた爪先を見つめながら、僕の中心からぼんやりと活力が垂れ流されていった。 「では住所を教えて頂けますか?」 淡々と必要な項目を聞き出しながら、しかし不快に思われないように気遣いながら警官は質問を続ける。 指定場所一時停止無視。それが僕の初めて犯した罪だった。 視線を爪先から外すと、酷く青い夏空の中で、たった一人取り残された白雲が瞳に映った。 羽田発ロンドン着。 今日、水野は空飛ぶ鉄塊に乗って日本を離れる。 水野は最後の日、殆

          安楽死

          妖精さん

          ほんの僅かな前触れもなく、唐突に妖精さんは僕の前に現れた。 妖精さんは体長5センチほどで、華奢な背中から身体の半分はある大きな羽を生やし、少しだけ緑色に発光していた。 『はぁい、こんにちは。私は妖精さん。これからあなたの人生をしっかりサポートしちゃうからよろしくね!』 妖精さんはどうやら僕の人生をサポートしてくれるらしい。具体的に何をしてくれるかはよく分からないのだけど、単純に僕はこう思った。何だかとってもラッキーじゃん!と。 『最近、同じゼミの子と仲良しねぇ。あんな

          妖精さん

          響く

          とんとんとん 耳に残るのはメロディーでも音色でもなく、隠されて響く打鍵の音だった。 ピアノを形作る木と木が擦れる音、押し込む際に圧縮される空気が漏れだす音。白と黒の鍵盤を打つその強さやリズムで、妻の機嫌は聞き分けられる。 良くない夢を見ていた気がしたが、目覚めてしまえば何ということはない。ピアノの音に耳を澄ませばすぐに忘れてしまう。 私に音楽の素養はないのだが、何度も妻に教えられ、作曲者くらいは判別できるようになった。恐らくこの曲はショパンの、第何番何とか長調というや

          AM11:33、駐車場にて

          頭の中で感情たちが好き勝手はしゃぎ回る一方、車の中は静寂が鎮座していた。 窓を開けると、少し湿った草木の匂いと、遠くで囀る小鳥の声が車内へ流れ込む。 私は落ち着きのない頭を持て余し、仕方なく目を瞑って座席へ身体を預けた。一向に止まる気配のない感情を統制する為、懐かしい歌を口ずさんでみる。 引き継ぎの仕事の合間を縫って呼び出したのは、私の最後のわがままだった。 これから訪れる煙草の一本も吸い切れない僅かな時間が、彼女との最後のやり取りとなるのだろう。 頭の中では伝えた

          AM11:33、駐車場にて