東京に憧れる名古屋の学生だった頃の話

久しぶりの記事の内容は表題の通り、ふと思い返した昔話をしてみます。

わたしは今大阪で社会人をしていますが、学生時代は名古屋におりました。正確に言えば、名古屋に通う愛知住みの学生でした。実は学生時代、このことがすごくコンプレックスでした。

なぜか。

高校時代の仲の良い友達の多くは大学進学を機に県外、特に東京や関西の都市に出ていっていました。甘酸っぱい話になりますが、当時お付き合いをしていた彼氏も東京に行ってしまい、遠距離を理由に大学1年生の4月に振られてしまうという経験も・・(今思えば見切るの早!)

17、8歳の私にとって、大学入学というのは新たな世界の扉を開けるようなイメージでした。留学生や県外の学生など様々な背景を持った人たちに出会い、バイトやサークルに明け暮れ、時には遅くまで宅飲みをしたり。

でも名古屋の大学というのは愛知県あるいは近隣の県から通う学生が多く、通学時間も長いので、実際は授業が終わると一目散にそれぞれの地元へと帰らねばならないのです。わたしも比較的そうだったのですが、あえて愛知に残っている堅実な箱入り娘、息子たちが多い印象でした。

県外から名古屋に進学してきて独り暮らしをしている学生も、わたしにとってはすごく羨ましい存在でした。彼らには大学やサークルと一続きの、自由で若者らしい日常があるように見えました。

『わたしは高校に向かって乗っていた地方沿線を逆向きにしただけじゃないか。スタートとゴール地点はいつも同じ、実家の最寄り駅。東京に行った○○や××は全然違う世界で新しいきらきらとした生活を送っているのに。』

広い世界に漠然と憧れを持っていたわたしは、大学生活が始まった頃というのは常に、なんだか取り残されたような、足踏みをしているような、そんなもやもやの中にいました。

こんな暗めのスタートを切った大学生活でしたが、自分なりの工夫を重ねて最終的にはそれなりに充実していたと思います。フリーペーパーを作る学生団体に入ったことで面白い経験・人に出会えましたし、半年だけですが留学もして視野も多少なりとも広げることができました。

こんな昔話をなぜ思い出したかというと。今本業で新たなオンラインコンテンツを企画しており、毎週若手を中心にテーマやコンテンツの案出しをしています。(テキストベースのコンテンツになりそうで私としては入社以来一番わくわくしているのですが、その話はまた後日。)

会議の若手メンバーの中には東京の私大出身の方もいます。ある後輩の子の大学時代の友人には、いわゆるインフルエンサーやフリーのライターなど、オンラインの世界で影響力を持っている"若者"が複数人いるとのこと。これには年齢が離れた先輩社員の皆さんも驚いていました。

おそらくはその子の周りの環境が特殊というのもあると思います。でもやっぱり、東京で学生時代を過ごしていた友人、後輩等の話を聞くと

『東京という場の刺激や情報量には勝てない』

と、名古屋で悶々としていた頃の自分の気持ちがふと蘇ってきます。

もし高校生に戻って大学受験できるとしたら。申し訳ないけど、親の反対を押し切って東京に行っていたかもしれません。その場合は留学には行けていなかったでしょう。親にももっと負担をかけていただろうし、奨学金も必要だったかもしれません。でも、職業選択や趣味の広がりは今と全く違っていたと思うのです。

後悔しているように思えるかもしれませんが、そういう訳ではないのです。20そこそこの私は悶々としながらも地方都市なりの経験をして、今は大阪で遅れてきた青春を楽しむようにライブやイベントやファッションや飲み歩きを楽しんでいます。笑 最近はむしろ地方が盛り上がっていく世論を感じつつも、東京進出もこの先無くはないと思っています。

境遇や環境は人それぞれだから良い。そこでしか学べないことがあるし、苦節も含めてその人だけの葛藤や信念や柔軟さを生むのだと思います。

ただ、将来子どもを育てるとなったらなるべく広い選択肢を用意してあげられたら良いな、とは密かに思っています。(予定は今のところありません。)

ではまた。

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