支援学校か支援学級か〜決断編①〜
私たちは今年に入ってから、支援学校、そして支援学級を見学し、
年長さんになって改めて、また支援学級、支援学校2校を見学させてもらった。
それでも夫婦で意見が合わず、決断しきれず夏は過ぎていき、
9月に入り少し焦り出す。
(私→支援学級希望、夫→支援学校希望)
そして再度、支援学級と1番候補の支援学校を見学させてもらうことになった。
夫には「どうしても支援学級がいいならそっちでいいよ」と言われていた。
ただ、そこまでの核心的な決定ができずにいた。
そんなとき心の支えになるのは1歩先を行く先輩の姿。
元気な子を産んだと思ったらダウン症という障害を持っていて
その落ち込んだ時の暗黒期から抜け出したのも、やはり1歩先を行く先輩の姿だった。
私はまずインスタでいろんなママさんの投稿を拝見した。
ダウン症の子達の笑顔の可愛さ。いろんな壁を抱えながらも親子で一生懸命乗り越えていて、私も頑張ってこの子を育てる希望が持てたのを思い出した。投稿してくださっている方々、いつもありがとうございます。
1番は親という立場で、子供がダウン症でっていう共通点で同じ目線で悩める壁。
先の先のことまで想像つきにくいから私たちは困っている。
我が子はどこまで成長できるのか、
どの環境がベストなのか、
過ごしてみないとわからない。
ふとインスタで見かけた言葉”3年先が見えてればよし”
そうだよね!!ほんとそう!!3年先くらいまでは見えるのよ!
小学校行っても、3年生くらいまでは想像できて、同級生や、高学年の子達とも笑って過ごせてる我が子が。
少しずつ勉強にも興味を持ち始め、楽しく通ってくれていることを。
小学校は6年間もあるからもし途中で無理することがあったり、ついていけないような状況になればまたそのとき考えればいい。そう思っていた。
しかし夫は、何かあってからの転校や、途中から支援学校に変えるということは、
絶対にしたくない、という方針だったので、この就学前の決断は相当な覚悟せなんな、、
と思っていた。
そんな中、インスタのママさんが言うように、3年先でも1年先でも想像つけばよし!!の言葉にすごくスッキリ腑に落ちた。
だよね、遠い未来のことは親でもわからんし、私は近い未来の子供が笑えてたらそれで十分だよね、って納得しちゃった。
最後の小学校見学に行く前日に「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」の9話を見た。
ダウン症草太くんが一人暮らしをする回だった。
号泣だった。
生まれた時からいろんな心配をして不安になって家族でぶつかり合っている中、
本人はいつの間にか成長して、しっかり仕事をして、一人暮らしという大きな大きな自立に挑んでいた。
それでも家族のことは大好きで最初の晩は家に帰ってきてしまったり。
なんだかあのお母さんの気持ちになっちゃって、
子供のことばかり心配してたけど
いつの間にか手が離れていくことへの寂しさと嬉しさと複雑な思いと
まだまだ我が子にとっては先の未来なんだが、
いつかこんな日が来るのかと思うと涙が溢れ出していた。
そして、あのドラマでもやっていたように、
ダウン症でも仕事はできるし、ドラマの中では飲食店してたし、
ドラマに出ているあの子は俳優だってできているじゃないか、
そしていつか一人で暮らしていけるのかもしれないと思うと急に希望も湧いて、
なんだかそんなに心配せんでも大丈夫な気がした。
今のたいちゃんが楽しめる道を選んであげたい。
そしていよいよ最後の小学校見学に続く・・・