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創ることを忘れていた自分

私は現在、仕事の傍ら休日にデザインの専門学校に通っています。
はじめは、元々の興味と、今の仕事に活かせたら、という軽い気持ちで通い始めたのですが、学んでいくうちに、「面白い!もっと学びたい!」と思うように。転職して、働きながら学ぶのも一つだな・・・と思うようになりました。

そんな私ですが、専門学校に通うまで気づかなかったことがあります。
それは、自分が「創ること」からとても離れてしまっていた、という事実でした。

創ることが大好きだった自分

小学校、中学校、高校と、美術の授業の成績が良かった私。幼い頃からお絵描きや物語を書くことなど、何かをつくるのがとても好きでした。自分なりの空想の世界が広がっていくのがとても面白かったな。
楽器も習っていて、音楽を奏でることもとても好きでした(こちらは時々嫌になりましたが)。

しかし、そんな時代も大学受験を機に一旦終わります。
もちろん、受験勉強期にはなかなか好きなことをする時間は取れませんし、大学に進学すると、アルバイトや海外旅行やライブ参戦などの他の好きなことが大きくなり、「創ること」は自分からどんどん遠のいていきました。

平野啓一郎さんの「私とは何か 「個人」から「分人」へ」という本で展開されている「分人」論がとても当てはまると思います。

大学生時代の私は、「創るのが好き」な自分が小さくなり、代わりにアルバイトの自分、海外旅行が好きな自分、ライブが好きな自分、がどんどん大きくなっていっていたのですね。
社会人になっても、バックパッカーの旅に出ていても、「創るのが好き」な自分はどんどん収縮していきました。

創り方がわからない

そして今。私は、デザインの専門学校に通い始めました。
学校では課題が出ます。最終的には、いくつか作品をつくり、それをまとめたポートフォリオを作ります。
何かをつくるということは、私の心に大きなワクワクを与えてくれます。

しかし・・・ノートやパソコンを目の前にしてこう思いました。

「どうやって創ればいいんだっけ?」

幼い頃の自分は、これを知っていたのでしょうか。

「創ることが好き」な自分が長年使われなかった結果、どんどん収縮して、かなりちっぽけな存在になっていたようです。それに気づいた時、とても悲しい気持ちになリマした。しかし、それに気が付くことができたこと・その自分をまた取り戻す機会ができたことがとても有り難いな、と思いました。

私の望み

社会には様々な人がいると思います。
忙しい中でも好きなことを続けられる人がいれば、仕事に忙殺されて好きなことを忘れてしまう人もいる。一つの好きなことを極めてそれを仕事にする人もいるし、私のように色々なことに興味を持つけど、全てに力を注げず、いろいろなことが中途半端になってしまう人もいる。

多様な人がいるけれど、皆が「好きなこと」を続けられる世界になってほしいな。もっと学びたい!と思えば学べるし、その時間が取れる世界になってほしい。そうなったら、もっと未来に希望が持てるんじゃないかな・・・。

皆にそれが保証されていたら、この社会はもっと良い方向に変わっていくんじゃないかな・・・。


最後まで読んでくださってありがとうございました!
今回は思うままに描いて投稿してしまうことにします。自分が何か提言できるわけでもないので・・・。

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ありがとうございます。
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1994年生まれ、今は東京で会社員、週末はデザイン学生。1年ほど世界の旅をしていました( 旅ブログ http://curiosity-travel.com )。日々の中で感じたことや本や映画の感想、旅のことなどを書いています。