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アカシック・カフェ【2-1 ノックして、もしもし】

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テーブルを囲むのは、三つのカップと俺を含む三人の男女。いわゆる契約前説明の途中で、相談者は思い違いに直面してしまった。『アカシックスが接続するのはあくまで過去のみ』という、厳然たる限界に。

ここまではっきりと顔色と声色が変わる人はなかなか珍しいが、この失望自体はそこまでレアケースではない。アカシックレコードはあくまで過去。どんな超精度だろうが、派生能力持ちだろうが、アカシックスが接続できるのは今この瞬間、の一瞬前までだ。アカシックレコードの、そしてアカシックスの知る情報が真実であることは保証するけれど、それから先どうなるかは、誰にもわからない。そこを履き違える人をたまに見る……主に、SNSとか、ワイドショーで。
だいたい、未来予知が出来るなら公私国内外問わずギャンブルは今頃絶滅してんだよな。今日も日本全国で馬は駆けて、地球の裏側ではジャックポットが溢れている。

「残念ですけれど、こればっかりはしょうがないんです……。今日のところは、やめときますか?」

小さな両手をぺたり、傾げた顔の前で合わせて、永愛が言う。狙ったぶりっ子というよりも、単純に謝罪めいた申し入れだ。どうも、師匠の俺が少しばかり大袈裟に立ち回るせいで永愛の方にもそういう“癖”がついてしまったらしい。よろしくない。

だいたい、俺のは仕方なしの処世術なんだ。最初の頃は上背もあって目つきも悪い、強面とは言わなくとも爽やかフェイスではない俺は、シリアスな話をすることの多いこの家業では相手を不安にさせることが多かった。そこを補うために、アカシックスとして喋るときも、あえてなるべく明るく振舞っている。いわば、そう心してお道化てプラスマイナスゼロなんだ。だからこそ、俺は別に特別な衣装も用意していない。エプロン姿のままというのは、流石にしていないが。すべては、その方が相談者が気安かろうと思ってのことだ。

それに比べて永愛はどうだ。甘い茶色の、房の大きな一本の三つ編みおさげ。愛嬌ある垂れぎみの目。それなりに可愛げのある方の女子高校生が同じスタンスで接客をしていいわけもない。シュウカほど凹凸のはっきりした体型でもなければ、ハヅホのようにリビングドールでもないとしても、二人と並べて遜色ないというのは、師匠バカではない評価だ。悪目立ちを避けるべきアカシックスとしての処世術の一環として、この辺り一度、指南し直した方がいい気がする。……何を言えばいいのかわからないけど。ひとまずは、今日のような大人しい服装ならば良しとしておこう。

……話が逸れた、が、幸い彼はまだ迷っていた。どうにも言いかねているといった具合の表情に、俺は「なんでも言ってみてくださいよ」と促す。ここに紹介されている以上は、単なる未来予知に縋るだけの阿呆ではないはずなんだから、無下に扱うわけにもいかない。なるべく明るく、抱えたそれを受け入れると言の内外に示せるように優しく。
果たして、応じて、彼は重い、あるいは苦い口を開いた。その質問は、突拍子もないようで、当然のモノだった。

「……そのう。過去は、一つなんですよね?」
「そりゃ、真実は……事実は常に一つです。どうあっても、どう足掻いても過去は変わらない」
「そういうもの、なんですって」

念押しのように訊く彼に、そのもの念押しで俺は答える。過去はひとつ。二つみっつあるのは未来の可能性だけだ。当然と言えば当然の言葉に、彼は、なぜか逆にずいと語気を強めて続けた。

「じゃあ、じゃあですよ」
「はい」
もしもの世界って、見れないんですか?

俺は、彼の縋った可能性に言葉を窮した。単純に言えば、無理だ。無茶苦茶だ。そんなこと、ここまでで彼だってわかっているはずなのに。それでも聞かれた「もしも」の世界。荒唐無稽で無理無法な願いでも、切実な気持ちが溢れる言葉。ぐっと開かれた眼は、正面から俺たちを映して、勇気を振り絞った、というに相応しいだけの気迫があった。見れるわけがないでしょう。と、切り捨てるのは残酷すぎる気がした。少しばかり、俺も慎重に――

「うーん、無理だと思いますよ」

――あ、永愛お前、人が言葉を選んでる間に!慌てて口を押さえたところで、手遅れなんだよ!

……ひゅるりと、風が吹き抜ける歌が聞こえた。

>>つづく>>

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