【ディッシュ・フォー・フー】#2

(これまでのあらすじ:ネオサイタマともキョート・リパブリックとも隣接しない、歴史の死に証人めいたエリアを渡り歩く男がいた。彼は時に抗争に負け逃げたヤクザや厭世的なリタイア・カチグミを訪ね、時に数十年前の廃墟や数百年前の遺跡を荒らす)

(彼は美術品、骨董品の蒐集をするニンジャだった。交渉、購入、暴力、窃盗。あらゆる手段で手に入れた逸品を、暗黒マーケットに出品するのが生業である。ソウル憑依前から磨き続けた審美眼と個人的コレクションは、裏社会でもサンズ・オブ・ケオス内でも有名だ。彼は今回も、標的の家へ辿り着いた)

(その一方で、ニンジャスレイヤーはピザタキの客が語った「奇妙な皿」の都市伝説と、サンズ・オブ・ケオスのフォーラムの書き込みを照らし合わせ、次の獲物、デイマウスの居場所を突き止めた。エンジンが唸り、重金属酸性雨に濡れたバイクが嘶いた)

【ディッシュ・フォー・フー】#2

漆黒の雲が雷光を帯びている。少しでも刺激すれば今にも豪雨は雷雨になるだろう。屋内から見上げるデイマウスの目論見もまた雲に似て漆黒めいているが、メンポ無き口元は朗らかである。混ぜ物のないオーガニック・マッチャを味わっているためだ。味に満足し、同時に噂が本当だと判断したからだ。

暗黒美術品蒐集家であるデイマウスは、磁気嵐の吹き荒れる前から「皿」の存在を聞いていた。曰く、商売繁盛。曰く、無病息災。そのオカルティックな幸運と幸福の保証は、高価なマッチャの味で証明された。たとえ一帯を焼く雷鳴が轟いたとしてもこの家だけは安全だとデイマウスは確信していた。

「待たせたね」家の奥からオハギを持って家主が現れた。足元には猫が数匹、じゃれながらついてくる。「ご親切にありがとうございます。ウツワラ=サン」「お気になさらず。同じ穴のラクーンというやつです」ウツワラ老人は気さくに笑い、座った。

「同じ穴?」デイマウスは訝しんだ。事前調査において、老人と自分の共通点はなかったはずだ。「私も若いころ、旅をしたかったのですがね、出来なかった。だから正確には同じ穴ではありませんな、ミノマエ=サン!」再び老人は笑った。デイマウス、もといバックパッカーのミノマエも、同じく笑った。

デイマウスは今回、交渉によって穏便に「皿」を手に入れようとしている。騒ぎを起こしては噂が広がり仕事に支障が出る、というのが彼の基本的な考え方でもあったが、今回は特に用心を重ねていた。ただのお伽話として片づけるには、彼が聞いてきた「皿」の伝説はあまりにリアリティがありすぎた。

ただの皿ではないかもしれない。幸運を呼び、主を護るかもしれない。それは神器の類で、盛ったスシを食べていればモータルが修行なしにカラテを身につけられる代物かもしれない……。デイマウスはあらゆる最悪の事態を想定し、荒事を起こさず、あくまで旅人の若者として彼を訪ねることにした。

オハギを味わいながら、彼は家を見回す。素養のない者ならば気付けないだろうが、このあばら屋はその実、芸術だった。調度品一つ一つが独立した美であり、その全てを合わせて――ウツワラ老人や飼い猫、マッチャやオハギを含めて――ひとつの偉大な作品だと、彼の第六感が号泣していた。

「どうか、されましたかな」黙ったミノマエに、ウツワラ老人は語り掛けた。ミノマエは率直な感想を述べた。「いえ、あまりに繊細だなと思いまして」「ホッホッホ!お若いのにお目が高い!」老人は高らかな声を上げた。膝の上の黒猫が弾かれるように逃げ、代わりにミノマエの下へ逃げ込んだ。

「いや失礼。美に年齢は関係なし……ですな」ウツワラ老人はマッチャをすすり、そして謝罪した。「そう言っていただけると有難い。これで晴れて、本当に同じ穴のラクーンです」「ポエット!」顔を上げた老人とミノマエは、三度笑った。

「どうでしょう、お近づきのしるしに」ウツワラ老人は、三毛猫を撫でながら切り出した。「あなたのバックパックの美術品と、私の家のもの。交換しませんか」「なんと!」願ってもない申し出に、ミノマエは虚をつかれた。彼にすり寄っていた黒猫は、今度は逃げ出さなかった。

ウツワラ・タイセイはかつて、カチグミと呼ばれる存在であった。センタ試験をトップで通過し、高い地位を築き、巨万の富を得た末の、名も忘れ去られた集落跡での隠居生活。「働いて、働いて、それだけの日々……そのおかげで、今こうして暮らせているのですが」深いしわを歪ませ、微笑んだ。

「だがしかし、如何せん老い先は短い。バタフライは魂をアノヨへ運んでくれますが、家ごとは無理でしょう」しみじみと老人は語る。「だから私のコレクションを、より若く美を解する貴方のような人に持って行っていただきたい」部屋の隅でオーガニック・ミルクを舐めていた猫が、寂しげに鳴いた。

ミノマエは、静かに聞いていた。その内心で、デイマウスは算段を立てていた。ここで「皿」を要求するのは容易いが、これほどに美術に造詣の深い老人である。下手に要求しても「それだけは」などと言って拒否され、そのまま破談しては事だ。せっかくの好機を無駄にするのは避けたい。

かといって、ニンジャ交渉力で首を縦に振らせても問題だ。「皿」は得られるが、老人が財力と人脈を駆使して追手を放つだろう。高めたカラテと二種類のジツで数度の勝利は得られても、その生活は平穏や美と程遠い。サツガイとの思い出を美と崇めるだけで幸福なメイレイン=サンと、自分は違う。

「悩まれるなら、それもまたいいでしょう。幸か不幸か外は豪雨だ。一晩でも二晩でも、よければ泊っていきなさい」ブッダめいた笑顔でウツワラ老人は言った。「ありがとうございます。ウツワラ=サン」ミノマエは頭を下げた。傍にマッチャの残る湯呑の存在を感じたが、もう熱はなかった。

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「まさか、こんなところであんなに美味いピザが食べられるとは思いませんでした」出会いの翌日の晩、ミノマエは猫を愛でながら言った。ウツワラは自慢げに応えた。「こんなところですからな、美術か食事か、猫に凝らなければ退屈で仕方ありません」

「窯の構造を学んで一年、素材調達に一年、造って二年。出来た一号機から改造を重ねて、さらに十年」「まるでコトワザの世界ですね」「いやまったく!しかし楽しいものです。陶芸もできます」ミノマエとウツワラは、本物の孫と祖父のように団欒していた。しかしこれも暗黒美術品蒐集家の策である。

「そうだ、美術品の交換の件ですが」ミノマエは、あくまで丁寧に切り出した。「おや、もう決まりましたか?」ウツワラ老人は複雑な感情を隠そうとせずに言った。若者が去ることを寂しがりつつも、彼が何を選ぶかは楽しみだ。そう言った表情だった。「さぁ、お聞かせください」

ミノマエは、自分にすり寄ってくる猫を抱きかかえて言った。「この黒猫を頂きたい」「ほう……」ウツワラ老人は、持ち上げた湯呑を空中に留めて嘆息した。渦中の猫は二人が何を話しているかわからず、ただ足をばたつかせて鈴を鳴らした。「この猫を、頂けませんか」

「これまた、どうしてです」老人は寂しさを上回る好奇心に促されるまま、若者に問うた。「昨日から、それこそ寝食を共にして、情が移ってしまいまして」「確かに、その子はあなたに懐いていましたなぁ」ミノマエは猫を床に下ろしたが、猫は彼の膝の上に上った。

「一人旅も、いい加減寂しい」ミノマエは一瞬、影のある表情を見せ、すぐにおどけてみせた。「その点、『ネコは百年、キツネは千年』と言いますし、長い友になってくれそうです。化けて女房になってくれるかもしれません」「それはまた、夢がありますなぁ!」聞いたウツワラも少年のように笑った。

「そこでです」ミノマエは身を乗り出した。「旅の中で飼えるように、この子と併せて色々と譲り受けたい。その分の品はもちろん置いていきます。例えばミルク、エサ、ブラシ」ウツワラは静かに聞いていたが、そこで口を挟んだ。「サプリメント、そして皿かな?」歳を思わせないタツジンめいた眼光。

デイマウスは、ミノマエではなく自分の目を見られたように感じた。「えぇ、そうです。何も、この子達が今使っているあの皿をとは言いません」視線を逸らし、この視線移動は逃げではないと自分に言い聞かせて、部屋の隅の猫たちを見た。水の入った皿は、品がいいが暗黒市場に出せる代物ではない。

「いいでしょう。では、奥でお好きな皿を選ぶといい。……もちろん、猫のための皿を」立ち上がるウツワラは、老人に不似合いな伸びた背筋で案内する。ついていくミノマエもまた、カラテの修練で培った力強さの片鱗を無意識に滲ませていた。黒猫はただならぬ気配を感じ、ミノマエの肩に上った。

雨が、倉の屋根を叩いていた。「どうぞ、選んでください」ウツワラは倉の灯りを点けた。暗黒美術品蒐集家ですら息を呑む珍品、名品がアクリルケースの中に並んでいた。「皿は、ここからそこ。もちろん、このカタナでも、あのオリガミでもいいですよ。その場合猫はあげませんが」老人は笑った。

対照的に、ミノマエは焦った。調査した特徴と一致する皿を見つけることは出来た。美術品蒐集家としても、ニンジャとしても、ただならぬアトモスフィアを感じる。間違いなくこれが「皿」だ。問題は、それが五つ並んでいること。「……ウツワラ=サン。この皿は?」思わず彼は問いかけていた。

「一つは真作、四つは習作。『幸運の皿』を真似てはみたのですが、果たして私の作でも幸運になるやら……。さぁ、お選びください、ミノマエ=サン」ウツワラは、瞳の奥だけ笑顔をやめた。対峙するミノマエ、もといデイマウスは、モータルであるはずの老人に気圧される現状を恥じすら出来なかった。

「正解を選べばあなたは『幸運』です。失敗すれば、『不運』かもしれません。どちらにせよ、対価はきちんといただきますよ。バックパックを開けるのが楽しみです」淡々と続けるウツワラには余裕があった。世界で唯一正解を知る自分は殺されないという確信であり、幸運の皿に守られている安心である。

「……いいでしょう」そして、それ以上にこの男を信頼していた。ともに一日を過ごしてセンスを知り、猫に懐かれていることで人柄を知った。彼は己の審美眼を信じ、目とセンスと経験で正解を選ぶことに意味を見出すとわかっていた。現に彼は、もう自分ではなく皿を見ている。

無機質な音を立てて電動アクリルケースが開いた。デイマウスは手袋を装着し、モノクルを懐から取り出した。その眼光はイクサに挑むニンジャのものであった。砕けた月を隠す暗雲は、ついに雷を落とした。大木が燃え折れても、風雨が窓を叩いても、男たちには聞こえなかった。黒猫が、その間で眠る。

(つづく)


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これは「ニンジャスレイヤーDIYコン」の一環で、一個人が書いた二次創作テキストです。ブラッドレー・ボンド氏、フィリップ・モーゼズ氏、ほんやくチームのみなさん、その他いっさいのすべてと関係ない「ニュービーなりに目指したそれっぽいなんか」であることをご了承ください。

DIYコンについて、詳しくはこちらを見ていただきたい。( https://twitter.com/i/moments/834256585471844352 )


滝亭鯉丈(りゅうてい・りじょう、?~1841)が文政4(1821)年に出版した滑稽本「大山道中膝栗毛」中の一話「猫の皿」を原型にしています。落語としては五代目古今亭志ん生や三代目三遊亭金馬がよく語ったとされます。原作の結末は各自で調査してください。

「222」で「ニンジャ、かつネコの日」としてインスピレーションをなんかさせた結果、「#2」からの開始となりました。「#1」および「#3以降」を書く予定はありません。


書いていてとても楽しかったです。あたまがニンジャ一色になるいい経験でした。心を入れ替えて求職メントします。

ここまで読んで下さりありがとうございました。カラダニキヲツケテネ!

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