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アカシック・カフェ―全知と珈琲の案内人―

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人類は全知を手に入れたけれど、全能とは程遠かった。 少し不思議系、全知案内人喫茶のおはなし。
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2019年2月の記事一覧

アカシック・カフェ【二つの扉】

アカシック・カフェ【二つの扉】

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その瞬間、表情は、はっきりと変わった。あからさまに変わった。ここまで変われば、どこまで朴念仁だろうと一目でわかるだろう……。表情を作るのが苦手な俺にとっては、いっそ羨ましいくらいにはっきりと、彼は落胆した。

「……あくまで過去、ですか」
「……えぇ。過去の真実。未来予知はできません」

あまりの顔色の変わり具合に、思わず説明を止めて数秒。他に誰もいない店内に、ぽ

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アカシック・カフェ【2-1 ノックして、もしもし】

アカシック・カフェ【2-1 ノックして、もしもし】

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テーブルを囲むのは、三つのカップと俺を含む三人の男女。いわゆる契約前説明の途中で、相談者は思い違いに直面してしまった。『アカシックスが接続するのはあくまで過去のみ』という、厳然たる限界に。

ここまではっきりと顔色と声色が変わる人はなかなか珍しいが、この失望自体はそこまでレアケースではない。アカシックレコードはあくまで過去。どんな超精度だろうが、派生能力持ちだろう

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アカシック・カフェ【2-2 閉じた大屋根・開く本音】

アカシック・カフェ【2-2 閉じた大屋根・開く本音】

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すっかり冷めていたであろうコーヒーを、淹れ直しを固辞した彼は一口飲む。ゆっくりと嚥下して、問い直す。語気は幾らか軽く、永愛の残酷すぎた一刀で、逆に重苦しい緊張の糸は斬られたらしい。

「……つまり、です。『もしこっちの道を選んだら』って、そういうのを見たいんですよ」
「申し訳ないけど、そういうのはアカシックスの――アカシックレコードの範疇の外側です。アカシッ

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アカシック・カフェ【2-3 翠の扉・枯れるエバーグリーン】

アカシック・カフェ【2-3 翠の扉・枯れるエバーグリーン】

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今回の相談者、浮田様は音楽が趣味の、ごく普通のバーの常連だった。けれど、数ヵ月前を境に段々と無理な飲み方が増え、見かねた矢車の旦那がここを紹介した……らしい。過去を確認はしてないけど、この気の落ち込み様は嘘ではないだろう。
ともかく、そんな浮田様は長い指を組んで語る。視線はケースにも手にも落ちず、俺たちに向いている。

「……こいつは、宇佐野は、本当に小さな

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アカシック・カフェ【2-4 紅の扉・目くるめけレッドゾーン】

アカシック・カフェ【2-4 紅の扉・目くるめけレッドゾーン】

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「どうする気なの、弥津彦?裏技でもあるの?」

俺が小部屋に入ると、詰め寄ってきたのは浮田様ではなく永愛の方だった。純粋な疑問と、未聞ゆえの不安と、そんな策があることを黙っていたことに対する怒り、か。ご尤もだが、しかし依頼人の前でそれは出しちゃダメだろうよ。

幸い、この素の少女ぶりを浮田様は微笑ましいモノとして見守ってくれたようで、静かにそこに立っていた。

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アカシック・カフェ【2-5 アップ・ライト・アップ】

アカシック・カフェ【2-5 アップ・ライト・アップ】

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無数の情景。その殆どが白と黒だった。ピアノ。鍵盤。五線譜。鍵盤。白飛びする舞台。五線譜。時たま色が混じるかと思えば、それはトロフィーや盾で、あるいは演奏から抱いたらしいイメージで、終ぞ麦酒は手許に見えすらしなかった。

叩いて奏でて、打って響かせて。指が躍れば人々は静まり、指が止まれば人々が湧く。そんな光の繰り返し。
叩いて奏でて、打って響かせて。指が踊れど

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アカシック・カフェ【2-epilogue】

アカシック・カフェ【2-epilogue】

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曲がり角で律儀にもう一回振り返って、浮田様は今度こそ見えなくなった。一件落着、と気を抜いたところに、隣の永愛がぽつりと呟く。

「それにしてもさ、弥津彦」
「ん?」
「音大って言うなら、私の全知の方がよかったんじゃない?」
「あー……」

一理ある。確かに永愛の派生能力でなら、視覚特化型の俺よりもさらに真に迫って宇佐野恋の四年間を体感出来ただろう。音大の生活

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