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マイニング機器の熱という「カシワの木」の一例

松田龍樹 / Tatsuki Matsuda

技術としてのブロックチェーンは初期からずっと大好きで、思想としてのビットコインも好きだ。しかし2010年代終盤から現在のリスク分散だの投資対象だの言った広がり方は嫌いである。
周知させる意義は果たしていると思うが、張り付くイメージの問題を軽視しすぎではないかと、思う。

現況の(投資対象≒金儲けとしての)ビットコインを1円玉と例えるなら、ブロックチェーンテクノロジーはアルミだ。

本来広めるべきは根幹のアルミの方、つまりブロックチェーンテクノロジーの方だが、安易な金儲けとしての1円玉…ビットコインで広まりすぎたと思う。
とはいえDeFiなどでブロックチェーンの意義は再確認されつつあるので、最初に投機対象として広まっていった経路はもしかすると正しかったのかもしれないが。魔術化した世界観においてエンドユーザーは利用している対象の技術など気にしない可能性は高い気がするからだ。これは今後を注視。


それはそれとして、未来を考えるにおいてとてもいい記事があった。

ビットコイン、ニワトリ、イチゴ…農場が考えた金融・農業複合体
https://www.coindeskjapan.com/100997/

"ビットコインATMを運営するWinnipegBTCの創業者ケビン・カーシー(Kevin Carthy)氏は、2013年からビットコインマイニングで生まれた熱をオフィスに送ってリサイクルすることで二酸化炭素排出量を削減している。
同氏は「冬に小型の電気自動車を暖める」ためにも熱を使っていると話す。
安価な電力と寒冷な気候のため、カナダは「熱のためにマイニング」するのに理想的な場所とカーシー氏は述べた。カーシー氏は2018年のビットコインマイニング機器の運営コストを月70ドル、収入は月100ドル相当と見積もっていた。"

将来、より場所に囚われないノマド的な、あるいはマタギ的な人生を歩むにおいて、「地域性」という物理的な特殊性は重要な要素となる。

政治的な色のnationから、自然的・地理的な色のcountry になっていくからだ。地球総郊外化。

それにおいて、この記事にある「マイニングの熱を暖房に利用する」のような視点は今後さらに洗練させていくべき意義のある視点だ。


より自然的な暮らしは、「循環型」ではない。

ユクスキュルが環世界論で示した「カシワの木」である。

循環するというのはあくまで結果の話だ。
もちろん、廃棄物のことを考えない消費加速社会にブレーキをかけるという意味で、循環型を今掲げることは意義があると思う。

循環させることをゴールにせず、どうやってもっとカシワの木にしていけるか、カシワの木を作っていけるか、こちらの方が根本的なゴールに近い。

ユクスキュルが示した「カシワの木」とは、各動物にとってはカシワの木が示す意味が異なり、共存しているということだ。

例えばキツネの環世界にとってカシワの木は暖を取るための根っこの隙間だけが存在している。(本書においては保護のトーンと呼ばれる)

フクロウの環世界では羽休めとしての太い枝だけがあり、ヒメバチにとっては産卵場としての幹だけが、カミキリムシの幼虫にとっては単なる食べ物だ。

同じ人間同士でも異なる。木こりにとってのカシワの木は商品に過ぎず、少女から見たカシワの木は幹に悪魔の模様が見えるので、そのように捉えている。

それぞれの環世界から見たものを合わせればカシワの木はただのカオスである。

しかしそれらは共存しており、同時並列処理される。(木こりが木を切り倒したりカミキリムシの幼虫が食い尽くしてしまって共存が不可能になることはあるだろう)

近代化以降で発達してきた今の世界に足りないのは、このカシワの木的発想である。

たとえば地理的に寒い場所をマイニング特区とかにして、「熱」をカシワの木化させればよいのだ。

マイニング機器の環世界では熱は単なる副産物だが、人間にとっては生命を守る暖房になる。

マイニングで発生する熱をどこまでカシワの木化できるかはわからないが、上記の記事では少なくとも人間や農作物の環世界が貼るトーンと共存させている。

この柔軟な発想…いや「自然的な」発想こそが今まさに再考すべきものである。

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