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蒼の彼方のフォーリズム - BLUE HORIZON - #2

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第一章・小さくても勇気

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 久奈浜学院FC部が創部してはじめて臨んだ夏の大会、そしてお疲れさま会から数日経った夜のこと。
 せっせと閉店したましろうどんの後片付けをしているお母さんを尻目に、誰もいなくなった客席で頭を抱えている美少女がいた。はいわたしです。……なんて投げやりになるくらいもう自分でも抱えきれなくなっていて、お母さんに話を聞いてもらいたかったわけで。
 ちょっと前まではそんなことがあっても、この時間のお店に顔を出すとお母さん権限で強制お手伝いイベントが発生するので近寄らないようにしていたんだけど、部活をはじめてからは言われなくなった。わたしの中のきれいなマシロンはいつだってお手伝いしてあげたいって気持ちもあるけど、疲れてたり面倒だったりで無理せずタイミングが合ったときだけにしている。お母さんも本当に手伝ってほしいときは言ってくれるだろうし。
 あ、遅くなりましたけど、ましろうどんというのは四島列島、ううん四島市、いや永崎県でダントツにおいしいうどん屋さんです。四島を味覚で満喫したいお客様にはトビウオを使ったあごだしで腰のある細麺を、旅先の事故に見せかけて一服盛りたいあなたには煉獄味噌煮込みを、ニーズに応えてとびっきりの笑顔でご提供させていただきます。久奈島にお越しの際は、ぜひぜひましろうどんにお立ち寄りください。でもって美味ログとかSNSで拡散おねがいしまーす♪
……と、おいしいうどん屋の娘としての義務は果たしたところで、
「もうわけがわからなくなってきちゃった……」
 本題に戻る。
「あの、もう一度最初から説明してくれる……?」
 困惑の声をあげたのはお母さん。むう。こういうのは一回で理解してほしい。
「だからー、あの人が最初にアレしたのを破っちゃったのね。もちろん故意じゃないし、あの人が頑張ってたのは見てたし、わたしに足りなかったものとかも当然あって。だからアレを破ったことは本当に気にしてなかったんだけど、あの人は責任感が強い人だから気にしてるかなと思って、気にしてないですよって冗談のトーンで伝えたの」
 最後の方はもうちょっと複雑な感情だったけど、ここでは関係ないので割愛。
「そしたらまたアレすることになって、でもそれは嫌じゃないっていうか、くすぐったい感じで不思議とこれからもやろう、頑張ろうって思えて。だけどあの人は忘れちゃったみたいに何も言ってこなくなって……わたしのこととかどうでもいい、気にしてないみたいな感じで」
 事の発端は、お疲れさま会でのみさき先輩のFC引退宣言だった。
 わたしの中でも諸々あって、まだ頑張ってみようって思い直した矢先に起きた、青天の霹靂。
 頭を悩ます理由はそこからはじまって、撤回してほしいわたしの説得をみさき先輩が聞く耳持ってくれないこともあるけれど、目下気になっているのは晶也センパイが積極的に引き留めようとしていないことだったりする。
 立場上センパイはコーチでみさき先輩は名実ともにナンバー1プレイヤー。それだけでも必死になっていいうえに、元々仲の良いというか波長の合ったというか、みさき先輩はセンパイに気を許している空気があった。だからわたしはセンパイにかわいげなく当たっちゃうんだけど。
 そんなわけで(内心複雑ではあるけれど)、みさき先輩もセンパイが追い縋れば交渉の席についてはいただけると思うのだ。
 だけどセンパイは動かない。一度みさき先輩に改めて聞き直したらしいけど、あっさり了解してそれっきり。最近は部活が終わったらすぐに引き上げるけど、別に作戦があって裏で何かしらしている様子もない。
 あの人は何を考えているんだろう。もやもやする。まさか「大会まで一緒に頑張ってきた金の卵に執着しない俺かっけー?」ううん、そこまでの人ではないと思う。
 本当にどうでもいいのかな。気にしてないのかな。
 金の卵が出ていったら、それを慕ううずらの卵もついていっちゃうのに。
 マネージャーの窓果先輩でも気づいたんだから、コーチがそれに気づいていないはずがない。なのにこの塩対応。
──約束、守りたかったのにな。