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蒼の彼方のフォーリズム - BLUE HORIZON - #3

「それでなんか裏切られたーみたいな気持ちとか、勝手に感じちゃってて。ねえお母さんどう思う? わたしもうほんとよくわかんなくなっちゃってて」
「真白……」
「わかったの?」
 ぱっとお母さんに向き直るわたしにお母さんは微妙な表情を浮かべたまま、
「……それ、本当にお母さんにしてもいい話?」
 わけのわからない返しをされた。
「なに? どういう意味?」
「だからその……ね、たとえるなら、階段を昇っちゃったみたいな」
 ガシャーン!!
 不意に、思いがけない方向から陶器かガラスが割れた妙に大きな音。
「きゃっ! びっくりしたぁ……お父さん?」
 振り向いた先にあるのはカウンターとその向こうの厨房。姿は見えないけど、そこでは接客担当のお母さんと同じように調理担当のお父さんが後片付けやら明日の仕込みをしているはずだった。
「あなた! 気持ちはわかりますけど女同士の話に食器を洗ってるフリして聞き耳立てないで!」
「気持ちわかるんだぁ。すごいね夫婦」
 わたしには何がなんだかわからなかったので素直に感心する。何かあったのかな?
「男親ならみんな怒り狂いながら泣くんじゃない? あなたの反応見たら違うみたいだから安心したけど」
「ふーん?」
 やっぱりわからない。ま、それはいい。夫婦のことだし。それよりも今はわたしの問題だ。
「で、わかった?」
「あなたのあの説明で話を理解しろっていうのも、ものすごく乱暴な言い分だと思うけど」
 抗議しながらもお母さんなりの見解は出たらしい。少し溜めを作ったあと、
「恋じゃないかな」
「コイ?」
 コイってさっきの説明した? わたしを勝たせるって最初の約束を破っちゃったのが?
「ああ故意ね。うん絶対故意じゃない。っていうか、今さらそこ重要?」
「なんにせよ、自分の気持ちをもう一回よく考えてみたら? それしかないでしょ」
 結局答えらしい答えは出てこない。だけど、
「やっぱそれしかないよね~」
 逆に言えば、わたしが自分で考えて答えを出すことは間違っていないっぽい。けっこう鬱屈としていたので、それだけわかれば十分だった。
「それと真白の言うあの人の気持ち」
「あの人の……」
「あの人の何が、あなたをそんな気持ちにさせているのか。ね?」
「……うんわかった。ありがと、お母さん」
 お母さんの言ってることは今さらだったり的外れだったり。あんな尖った情報しか伝えてないんだからそれはそうなんだけど、お母さんが言ってくれるだけで気持ちが楽になっちゃうから不思議だ。背中からぽんっと肩を押してもらえたような安心感。だからお母さんに話を聞いてもらいたくなるんだろうなって思った。
「と・こ・ろ・で~」
 不意にお母さんが今までとは打って変わってイタズラでもしそうな表情になる。
「なに?」
「あの人って……こないだうちに来た日向くん?」
「なっ!」(ガシャーン!!)
 お母さんの質問に、わたしの声とお父さんがまた何かを割ったらしい音がシンクロした。
「もう、あなたー! お小遣い減らすからね!」
 文句を言いながら、お母さんはお父さんの後始末を手伝いにいったみたい。
 追及の手が伸びてこなかったことに少しほっとしながら、わたしはまた名前の出てきたセンパイのことを思い返していた。
「約束、破っちゃうんですか、センパイ……?」
 わたし、このままじゃFC部からいなくなっちゃいますよ?