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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #29

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「おお〜。綺麗な夕焼けだー」
「映画館に入る前はぽつぽつしてたのにな」
 映画館を出たら、空は綺麗に晴れ上がっていた。話をしながらなんとなく歩いていたらいつの間にか校舎の側まで来てしまったので、寄っていくことにしたのだ。
「今日は野球部の音もしないね〜」
「活動してる部はあんまりないみたいだな」
「少なくともこの教室には誰も来てないみたいだね」
 誰か来ていれば、ロッカーに着替えの服が引っかかっていたり、机の上にバッグが転がっていたり、ゴミ箱にお菓子の袋があったりそういう人の気配がするはずだ。
「さっきの雨のせいかな?」
「かもな。みんな大雨だと思って帰っちゃったんだろう」
 スマホの天気予報だと、映画館に入る前に降った雨は、夜まで続くはずだったけど、どうやらうまいこと雲が島をさけていったみたい。
「あははは。人の気配がないから、前より取り残され感があるな〜」
「あの時の俺には、みさきしか、いなかったからな」
「ん? 今はあたし以外に好きな女の子がいると!?」
「好きな女の子はみさきだけだよ」
「……っ!」
「恥ずかしいから照れないでくれ」
「て、照れるようなことを言う方が悪い!」
「言わせたのはみさきだろうが! みさきしかいないっていうのは……えっと、なんて説明すればいいんだろうな。とにかくみさきしかいなかったんだよ、悪い意味でな」
「悪い意味なんだ。それはガッカリですにゃ〜」
「みさきの気持ちに引きずられて、俺まで身動きできなくなっていたからな」
「申し訳ないとは思うけど、他人の気持ちにそんなに引きずられるのはどうなんだろう?」
「それだけみさきのこと、好きだったんだよ」
「……っ!」
「だから恥ずかしそうにするなって!」
「ならないわけがないじゃない!」
「みさきが復活するって言ってくれなかったら、どうなっていたか想像すると寒気がする」
「そんな想像してまで寒気を感じなくてもいいと思うよ? ……それにしてもさ〜。あの時の晶也はどうかな〜、と思うよ?」
「情けないことを言ったって自覚はある」
「そこじゃなくてさ〜。なんと言うか……。ん〜、あははは。あの時、凄く盛り上がってたんだから、男の子なら勢いで告白したりキスしたりするもんじゃないかな〜。FCのことはともかく、恋愛に関してはあたしがリードしてあげないとダメなのかも〜」
 わざとらしく、がっくりと肩を落としてみせる。
「そこまで言われる程じゃないと思うけどな」
「主導権を握っているのはあたしということをちゃんと理解してね。つまり、晶也はあたしが死ねと言ったら、死なないといけない立場なんだから。まずは自分で自分の靴を舐めてもらおうかなー」
「そんな倒錯した関係は解消させてもらう!」
 あたしは一歩前に出て、挑発するように晶也を斜め下から見た。
「それは無理。なぜなら、晶也があたしと別れるのって不可能だから」
「不可能な理由を言ってみろよ。あ、別れたらFCをやめるとか言うつもりか?」
「そういうのもあるか〜。いいことを聞いた。それは次に回そう」
「こんな話にストックを用意する必要はないぞ」
「晶也はこう思ってる? 別れられない理由は、俺にあるんじゃないか、と」
「普通、脅迫する側はされる側の弱みを握ってるもんだろ」
「普通はそうかもしれないけど、今回はあたしがあたしの弱点を握っているのですね〜」
「自分の弱点を自分で知ってるって普通のことだろ。それがどうして俺を脅迫する道具になるんだ?」
「ふっふ〜ん。あたし……晶也が別れようなんて言い出したら……んふっ」
「怖い顔で微笑むのはやめろ!」
「自分自身にあんなことしたり、晶也にあんなことしたり!」
「想像を刺激する言い方をするな!」
「別れる悲しさにあたしは絶対に耐えられないから、それをするしかない。晶也はあたしに何をされるかわからないから別れることはできない。完璧な理屈の完成。やったー!」
「喜ぶな! それって卑怯じゃないか?」
「卑怯。誉め言葉ね」
「……悪役にふさわしい台詞だな」
「恐ろしい彼女を捕まえたことを後悔しながら、自分の靴を舐めたまえ、晶也くん。あたしが言いたいのはそれだけだから……」
「それしか言いたいことがないって壮絶な脳内だな」
「まー、勇気のない晶也さんはあたしの言いなりになればいいのです」
 ふふ〜ん、とあたしが鼻で笑うのと同時に、晶也が不自然に近づいてきた。ん? なんだ、この距離? なんか、こう、パーソナルスペースを犯してきたんですけど?
「な、何?」
「ちょっとは勇気のあるとこを見せておこうかな、と思って……なぜ逃げる?」
「そんなに近づいてきたら、逃げるに決まってる!」
「挑発したってことは、した結果が欲しいってことだろ?」
 結果? あっ! 結果! いや、その……それは、その欲しいけど。そこまで、そういうつもりじゃなかったというか。先のことあんまり考えずに、楽しいからやっていただけで、その……。結果? 結果ってつまり、そういうこと?
「き、キスするつもり?」
「キス!?」
 晶也が目を丸くする。
「わ、わざとビックリしてあたしだけエロいみたいにするのは卑怯だ!」
「いや、あの……。イチャイチャ? ちょっとそういうのができればいいかな、とは思っていたけどさ。キスまでは考えてなかった」
「うそだ!」
「うそじゃないって!」
「ちょっと、待って」
 自分の胸に手を当てて大きく深呼吸をする。彼氏と彼女なのに、どうしてこんなにギクシャクしないといけないんだ? みんなこんな感じなのかな? あたし達が変なのかな?
「すーーっ、はーーっ。イチャイチャね。了解。じゃ、その方向で雰囲気を……」
「いや、キスで。みさきがそこまで考えていたんだったら、キスしたい。だからする」
「ストップ! 無理矢理もいいけど無理矢理はダメ」