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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #16

「素に戻るな」
「じゃ、再び感情移入してと。……右にフェイントをかけてからリバーサルで上に!」
 リバーサルとは上から来る相手の脇を抜けて、逆に自分が相手の上へと出る技だ。
「乾は腕を伸ばしてみさきの頭を押さえ込む。上が冷静ならリバーサルは難しいからな」
「……確かにリバーサルってそう簡単に成功する技じゃないけどさ」
 そう簡単に否定されると、軽くイラッとする。
「タイミングをよむこと、意表をつくこと。この二つがそろわないと成功しない。乾が相手だと10回に1回も成功しないよ」
 ずきっ、とする。心がギチッと鳴る。そんなに実力差があるってこと?
「乾をもっと研究すれば成功率は上がる。今はそのくらいだって話だ」
 ……だから、今はそれだけの実力差があるって晶也は思ってるってことでしょ? 乾さんってそんなに強いの?
「だったら、えいえいえい、と下から攻撃を仕掛けてから急降下! 乾さんはあたしの背中を追ってくるよね。泥沼のドッグファイト蟻地獄に……」
「乾は落ちない。ゆっくりと下降しながら、みさきと距離を保った状態で追う。そういう誘いに乗らないのが乾の強さなんだ」
「む〜。だったら正攻法で! 再び急上昇!」
「乾はみさきから得点することより、みさきを上へと行かせない事に集中する」
 あたしは晶也のシトーくんに自分のシトーくんを下からバンバンぶつける。
「これだけ攻撃してるんだから、1点くらい入ったことにしてもよくない?」
「無理」
「どうして? あたしの攻撃力ってそんなに低い?」
「高いよ。だけど、高い低いの問題じゃないんだ。冷静に二人の位置を見てみろ」
 位置? 位置って……。えっと……。晶也が何を言おうとしているのか、なんとなくだけどわかるような気がするんだけど、まだ遠いというのもわかる。
「乾もみさきも基本的には胸を水面に向けてるだろ。下のみさきは垂直気味だけど前傾姿勢なのは間違いないよな」
「……それが?」
「FC頭を鍛えているんだから自分でちょっとは考えてみろって。ドッグファイトで点を取るにはどうしなきゃいけないんだ?」
 あたしが首をひねると晶也はすぐに助け舟を出す。ちょっと甘すぎるんじゃないかな?
「基本的な話だ。初心者に真っ先に教える話だぞ」
「初心者? ……あ。そういうことか……。ん? え? そんな単純なこと?」
 違和感のようなものがチリチリと音を立てて燻る。
「そんな単純なことなんだ」
「それってこういうことだよね?」
 あたしは晶也のシトーくんの下に、自分のシトーくんを水平に並べた。
「乾さんが上であたしが下で飛行している時、乾さんからあたしの背中をさわることはできるけど、あたしから乾さんの背中をさわることはできない」
「背面飛行は難しいから、そうなるな」
「……ちょっと待って。こんなことで防御できちゃうの?」
「多分、できる」
 そ、そんな! こんなことで? たったこれだけのことで? これだけのことで、真藤さんは乾さんに負けたっていうの? そんな……これだけ? 本当にこれだけ?
「極端にいえば、今までのFCでの強い弱いは関係ないんだ。自分にとって有利なポジションを維持することさえできれば、試合に勝てるんだ」
「ど、どうして、こんな簡単な防御方法を今まで誰もやらなかったの?」
「ドッグファイトは動き続けた方が有利だって固定観念があったんだ。教える方も教わる方も動いた方が有利だって思い込んでた。それが疑問じゃなくて大前提だったんだ」
「どうして大前提になっちゃったの?」
「FCの歴史は短いから調べればすぐわかるけど、最初はどこにふれても得点になったらしいんだ」
「あ、そうなんだ。それってファイターが超有利だよね?」
「そう超有利。だから背中に限定したっていうのもあるし、どこにふれてもいい、という展開だと、ファイター同士が正面からバチバチやってると動きが止まると思わないか?」
 ん〜? あ……そうか。最短距離で相手に触れた方が有利ってことになるから……。
「ボクシングっぽい動きになっちゃうのかな?」
「実際そうなってしまったらしいんだ。激しく飛び回るのが特徴の競技なのに、向かい合って腕を伸ばす展開はダメだろ? それでルールが改正されて背中だけになった。背中だと相手の背後に回り込む動きが重要になる。互いの背中を求めてぐるぐるすれば、自然と激しい飛行になる。今のルールは派手に飛ぶために決められたものだから派手に飛ぶことが推奨されてきた、というか、それが正しいんだってみんな思ってた」
「つまり、こういうこと? 乾さんはルールの盲点をついた」
 ……やっぱり卑怯な飛行なんだ。
 あたしの口調に、マイナスの感情がこもっているのに気付いたのか、晶也はまるで乾さんを代弁するように言う。
「反則じゃない以上、責めることはできないぞ」
「そうだけど釈然としない。こんな作戦が広まったらルールが変わるんじゃない?」
「かもな。けど俺たちが卒業する前には変わらないだろうし、変えなくてもいいって人も多いと思うぞ」
「そんな人、いる?」
「明日香は乾の作戦を見て喜んでたけどな」
「……さすが明日香だなー」
 あたしは新しいモノを見て卑怯だと思ったけど、明日香は喜んでたんだ……。
「いいから、ほら。乾の作戦を理解したなら続けるぞ」
 あたしはシトーくんを握り直す。
「真下からドッグファイトは無駄なので、大きく迂回しながら乾さんの上を目指す」
「高速で飛ぶ時、上は見づらいよな」
「え? うん。そうだね」
 前傾姿勢になるから、真上を見るには首を上げて体をねじらないといけない。
「だけど乾からはみさきの動きが全部見える」
 相手にはしっかり見られて、こっちは見づらい、というのは嫌な状況。でも……。
「それはセコンドの晶也がフォローできることでは?」
「当然フォローするけど、実際に目で見るのと、耳だけで位置を確認するのとは、違うってことくらいわかるだろ」
 どれだけ詳細に相手の位置を教えてもらっても、相手も自分も飛行しているのだから、完全に正確な位置は把握できない。それに、相手を自分の目で見るのと、セコンドに耳で教えてもらうのとでは安心感が違う。精神状態は飛行姿勢に影響する。
「上のポジションの乾は、余裕を持って上がってくるみさきの頭を抑えにいく」
「だ、だったらローヨーヨーで下降して……」
「乾はついていかない。ゆっくりと余裕をもって距離を縮める」
「む〜。とりあえずさらに下降して距離を作ります」
「一定の距離を空けつつ追う」
「だったらさらに逃げます。あれ? 何これ!」