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第四十八話「コラボ企画キックオフミーティング」2024年8月21日水曜日夜 曇り 一部地域はゲリラ豪雨

 レンタルキッチンの内見が終わったその夜にもう一つ約束があった。
 ひとみさんとのコラボ企画の打ち合わせだった。近所の日本酒の名店での飲み会を兼ねてのものだった。打ち合わせというより、
「意識合わせのキックオフミーティングですよー」
と彼女は言っていた。
 そろそろ約束の時間という時に、彼女からLINEが届いた。ゲリラ豪雨で会社から出られません、とのことだった。
 こちらは小雨程度だが、都心部は災害レベルの豪雨のようだ。
 電話でお店に事情を説明し、ダメモトで予約時間の後ろ倒しのお願いをした。超・予約困難店なのだが、お店の好意でOKをいただいた。ありがたい。
 1時間遅れで会はスタートした。もちろんN美さんも同席している。
 飲み比べセットpremiumとお任せお料理6点のセットのコース。
 スタッフさんと相談しながら、なかなかお目にかからない銘酒と料理のペアリングを楽しんだ。
 やや発泡を感じる濁り酒とカマンベールチーズのフリットのペアリングは絶品だった。衣の歯応え、その後のカマンベールの香り、それを発泡性の日本酒が包み込む。濁り酒の優しい甘さがカマンベールによく合う。
 ひとみさんの個展の会場選定の話題になった。都心の歴史ある街の一角に古民家を改造したレンタルスペースがあるとのこと。今現在はここが第一候補ということだ。
 ひとみさんが、
「設備的に何が必要ですか?」と訊ねた。
私が答えようとすると、N美さんが、
「提供スペースと、電気ケトルとグラインダーを使う電源があれば、十分です。カップは紙コップにすれば洗い物は最少にできます。大きなシンクも必要ないですね。あとは会場がそれを許してくれるかどうかです」
と答えた。申し分ない回答だが、コラボするのは私であり、バリスタは私なのだ。
「君はおれのマネージャーか?」
「ええ。船長のマネージャーでもあるのよ」とN美さんは答えた。私の仕事ぶりは知っているでしょう?と言下に言っている。
 確かに船長とコンビを組み、有能なマネージャーぶりを発揮していた。頼もしい。彼女に任せよう。私はおとなしく日本酒と料理のペアリングに没頭する。

・個展は早くても年末、おそらく年明けになるだろうということ。
・ひとみさんが在廊できない日は、私がお客様をアテンドする可能性がある。
・コーヒー(もしくはワイン)に料金は発生させたい。
・個展のテーマに沿ったコーヒー(ワイン)を私が選定、提供する。
・可能であれば、開催前にひとみさんに試飲していただく。
・テーマの決定、会場の決定などの進捗は随時共有する。
ということを確認した。(N美さんにしてもらった。)

 楽しいキックオフミーティングだった。日本酒も料理も堪能した。
 杯数を重ねた私は、最後に決意表明のようなものをぶちまけてしまった。
「もし本当に可能なら、一枚一枚の作品とペアリングしたコーヒーやワインを提供したいんです。多くのバリスタはお客様の好みや体調に応じて、レシピを変えたいと思っています。バーテンダーのように。でも、なかなかそれは実現しない。お店のスタイルやオペレーションの問題、豆の劣化の問題が大きいからです。しかし、絵画であり、あらかじめその絵画がどんなものなのかわかっていれば、事前に準備することができます」
私は一呼吸おいて続ける。
「今回のコラボではできないと思います。失業の身では、豆の選定ができるほど予算が作れない。でも、いつかそれができたら、と思っています」
 私の言葉に、ひとみさんは私を見つめて頷いてくれた。N美さんも。

 バリスタの教科書には、このような文章がある。

『エスプレッソという言葉は「特別に、あなたのために」という意味合いを含んでいる』と。(※)

 これは、多くのバリスタが夢見る姿なのだ。

(※)参考文献
『JBA BARISTA LEVEL 1』教本 第七版
 日本バリスタ協会 

から抜粋した文章を、このnote記事の筆者であるサトウがやや変えたものです。

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